聞き取り困難症・聴覚情報処理障害(LiD/APD)とは──
診断・原因・治療の現状と、体質から支えるアプローチ
「聞こえているのに、聞き取れない」。騒がしい場所や複数人の会話で内容が分からなくなるのは、気のせいや注意不足ではなく、聞き取りの仕組みの側に理由がある状態です。
日本では2024年に「LiD/APD診断と支援の手引き(2024第1版)」が公開され、診断と支援の道筋が整ってきました。
タナココは、耳鼻咽喉科での診断と環境調整を土台に、漢方・鍼灸で体質面から聞き取りの力を支え、日常で聞き取りやすい状態に近づけることを目指して、一人ひとりに向き合います。
最終更新日:2026年11月4日
聞き取り困難症・聴覚情報処理障害(LiD/APD)の理解と体質へのアプローチ
聞き取り困難症・聴覚情報処理障害とは
聞き取り困難症(Listening Difficulties:LiD)・聴覚情報処理障害(Auditory Processing Disorder:APD)とは、純音聴力検査(ヘッドホンで小さな音がどこまで聞こえるかを調べる検査)では異常がないにもかかわらず、騒音下や複数の音声が重なる場面で聞き取りが難しくなる状態です。学校生活、仕事、日常会話に影響が出ます。
日本では2018年のNHKの報道をきっかけに認知が広がり、成人の受診が増えました。特に20代の方が多いことが分かってきています(阪本ら, 日本聴覚医学会雑誌 2022)。
APDは「中枢の聴覚情報処理の問題」を指す用語ですが、聞き取りにくさの背景には、注意・認知・言語・心理面の要因が含まれることが分かってきました。そのため、より広く捉える名称として聞き取り困難症(LiD)が提案されています(阪本ら, 日本聴覚医学会雑誌 2023)。本ページでは「LiD/APD」と表記します。
難聴は聴力検査で異常が出ます。一方、長期の騒音暴露などによる蝸牛シナプス障害(いわゆる隠れ難聴)も、LiD/APDと似た訴えを示すことが指摘されています(阪本ら 2022)。英国聴覚学会(BSA 2018)はAPDを、原因不明の「発達性」、脳卒中や加齢などに伴う「後天性」、中耳炎など末梢の聴覚障害に伴う「二次性」の3つに分類しています。まず耳鼻咽喉科で聴力と耳の状態を確認することが、最初の一歩です。
診断基準と検査
LiD/APDの診断基準は国際的にも統一されていません。日本では、2024年3月に公開された手引きが初めての標準的な指針です。
1)国際的な状況
ASHA(米国言語聴覚協会, 2005)やAAA(米国聴覚学会, 2010)は、複数の聴覚情報処理検査で平均より2標準偏差(−2SD)以上低いこと、聴力閾値が正常であることなどを診断の目安としています。ただし世界的に採用されている基準ではなく、標準となる検査の組み合わせ(ゴールドスタンダード)もありません(BSA 2018; Crumら, Front Hum Neurosci 2024)。2026年に発表された小児APDの総説(Front Hum Neurosci)も、定義と診断について国際的な合意がまだないことを指摘しています。
2)日本の手引き(2024第1版)
手引きは、AMED(日本医療研究開発機構)の研究(2021年4月〜2024年3月, 研究代表:阪本浩一, 大阪公立大学)で作成されました。診断基準は、純音聴力検査・語音聴力検査・質問票を中心に構成されています(阪本ら, 日本聴覚医学会雑誌 2024)。
診断の目安(阪本ら 2023)
- 聞き取り困難の自覚症状がある
- 純音聴力検査が正常
- 語音明瞭度(静かな環境での言葉の聞き取り)が正常
- 聴覚情報処理検査の1項目以上で平均−2SD以下
主な検査
- 両耳分離聴検査(左右の耳に別の音声を流す)
- 早口音声聴取検査
- 雑音下聴取検査
- 質問紙(小渕らの質問紙など)
2025年の研究(Mooreら, J Speech Lang Hear Res)では、保護者の報告(質問紙)が臨床上の判断により対応していた一方、聞き取りや認知の個別検査では、臨床でAPDと診断された子どもを予測できませんでした。検査に加えて、困りごとの聞き取りと質問紙が重視される理由の一つです。
症状:聞き取り・理解・生活への影響
聞き取りの場面
- 雑音の中で話が聞き取りにくい
- 複数の人との会話についていけない
- 電話の声が聞き取りにくい
- 早口の話し方が聞き取りにくい
理解・記憶
- 耳から受けた指示を理解するのが難しい
- 聞き間違い・聞き返しが多い
- 耳で聞いて覚えるのが難しい
- テレビや映画は字幕がないと分かりにくい
生活への影響
- 学習・仕事・コミュニケーションの困難
- 聞き取りに労力がかかり、疲れやすい
- 成人では、孤立・抑うつ・就労の困難につながることがある(Crumら 2024)
併存しやすい状態
- 注意の問題(ADHDなど)
- 言語・学習の問題
- 自閉スペクトラム症
- 不安
「聞こえているのに」という訴えは周囲に理解されにくく、「集中していない」と受け取られがちです。聞き取りの困難は、本人の努力不足ではありません。
有病率と日本の現状
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 有病率 | 定義と検査法によって異なり、一致した数値はありません。成人の推定は、英国で全成人の0.9%から55歳以上の76.4%まで幅があると整理されています(Crumら 2024)。 |
| 日本の状況 | 診断基準が整ったのは2024年です。6〜18歳の児童生徒743人とその保護者を対象に、LiDの質問紙調査が国内で初めて行われました(大阪公立大学・阪本ら)。 |
| 併存 | 発達性学習障害や発達障害と併存することが多いと報告されています(阪本 2025)。小児の研究でも、注意・言語・不安などの併存が見られます(Mooreら 2025)。 |
以前は診断基準がなく「気のせい」と判断されて見逃されがちでしたが、手引きの公開により、多くの耳鼻咽喉科医が診断できるようになったと報じられています(日経メディカル 2025年2月)。
発症のメカニズム(最新研究)
原因は一つではなく、聴覚の処理、注意、記憶、言語、心理的な状態が重なって生じると考えられています。2026年の総説(Front Hum Neurosci)も、APDを独立した聴覚疾患としてよりも、聴覚・言語・注意・認知の相互作用による多面的な聞き取り困難として捉える方向を示しています。
1)聴覚経路での処理
音は耳から脳幹、聴覚皮質へ伝わります。この経路(中枢聴覚神経系)で、神経活動のタイミングが揃わない、抑制の働きが低下している、病変があるといった状態が、聞き取りの困難を生じ得ると説明されてきました(Bamiouら 2001; Crumら 2024)。
2)注意・記憶・言語など脳全体の処理
保護者が聞き取りの困難を訴える6〜13歳の子どもを調べた米国のSICLiD研究では、聴力が正常でも、聞き取りの検査に加えて認知の検査でも広く成績が低めでした(Petleyら, Ear Hear 2021; Mooreら 2025)。研究グループは、LiD/APDが聴覚の入り口の問題だけでなく、注意・記憶・実行機能・言語処理の影響を強く受けている可能性を述べています。
3)末梢の関与と併存する特性
同研究では、通常の検査範囲を超える高い周波数の聴力に個人差が大きいことも観察されました。また、注意・言語・不安・自閉スペクトラム症など、さまざまな状態の併存が見られました(Mooreら 2025)。
4)経過
児童期の聞き取りと認知の困難は、思春期まで続くことが縦断研究で示されています(Kojimaら, Ear Hear 2024)。早期に適切な支援を行う意義が指摘されています。
現在の治療とその限界
環境調整と日常の工夫
聞き取りやすい席に座る、雑音の少ない場所で1対1で話す、ゆっくりはっきり話してもらう、大切なことは文字で受け取る、会議資料を事前にもらう、メモや音声文字化アプリを使う、といった工夫が、手引きを参照した自治体の案内などで紹介されています。
補聴援助機器
リモートマイク(話し手の声を直接耳に届ける機器)は、LiDの子どもでの有効性が報告されています(Shielsら, Ear Hear 2023)。成人のAPDを対象とした2024年のシステマティックレビューでも、リモートマイクの効果が最も一貫していました。低出力補聴器は聞き取りの改善が報告されていますが、研究規模が小さい段階です(Crumら 2024)。日本でも、LiDに対する補聴器の適応が試みられています(阪本 2025)。
聴覚トレーニング
聴覚トレーニングの効果は一定していません。小児のシステマティックレビュー(Feyら 2011)では根拠は弱いとされました。一方、雑音下で音の方向差を利用して聞き取る力に特化したトレーニング(LiSN & Learn)では、予備的な研究で空間的な聞き取りの改善が報告され(Cameron & Dillon 2011)、その後の盲検ランダム化比較試験で聞き取り全般の改善の可能性も示されています(Cameronら 2012)。ただし、広く臨床で受け入れられた方法には至っていません(Mooreら 2025)。
根本的な治療が確立していないこと:高品質の大規模臨床試験は行われておらず、効果を測る指標も統一されていません(Mooreら 2025)。
機器と環境調整は、聞き取りを助ける手段であること:装用・調整している場面で聞き取りを支える性質のもので、導入や継続には、費用・学校や職場の理解・本人の負担といった課題があります。
併存する不調への対応:注意、不安、睡眠、疲労などへの対応は、聞き取りの支援とは別に必要になります。受診先が分かれ、医療機関を何か所も回る状況も報告されています(Mooreら 2025)。
西洋医学 vs 中医学 アプローチ比較
両者は対立するものではありません。診断と環境調整・機器を土台に、体質面を中医学で支える組み合わせが可能です。
| 観点 | 西洋医学的アプローチ | 中医学的アプローチ |
|---|---|---|
| 病態の捉え方 | 聴覚情報処理、注意、記憶、言語などの機能を検査で評価する | 腎・脾・肝・心の働きと、気・血・水の状態から、体質の偏りを包括的に把握する |
| 目標 | 聞き取りやすい環境をつくり、困りごとを減らす | 睡眠・疲労・不安・消化・冷えなどの土台を整え、聞き取りに使える余力を増やす |
| 主な手段 | 環境調整・補聴援助機器・聴覚トレーニング・心理的支援 | 弁証に基づく漢方処方、鍼灸、養生指導 |
| 長所 | 診断基準の整備、機器の効果の報告がある | 体質全体に働きかける。併存する不調を一緒に診られる。他の支援と併用しやすい |
| 限界・課題 | 根本治療が未確立。併存する不調への対応が別になりやすい | LiD/APDを対象とした臨床試験が確認できない。個人差が大きい |
中医学からのLiD/APD病態分析
中医学には、二千年以上にわたる臨床の積み重ねがあります。古典『霊枢』脈度篇には「腎気は耳に通じ、腎が調和していれば耳は五音を聞き分けられる」という趣旨の記載があり、耳は腎と深く関わる器官(腎の竅)とされています。
さらに、中医学の考え方を当てはめると、聞き取りは「音を受け取る」だけでなく、集中し、記憶し、理解する一連の働きと整理できます。そこには脾(消化・気血の生成)、肝(気の巡り・緊張)、心(睡眠・精神活動)も関わるとされ、注意・記憶・心理面まで含めて多面的に捉える点は、LiD/APDの多面的な性質と考え方が重なります。
脈診・舌診・腹診・問診を総合する弁証によって体質を把握します。LiD/APDで見られやすい証の例は次のとおりです。
消化・気血の生成が弱く、清陽(頭や感覚器を養うエネルギー)が上がりにくい状態。疲れやすさ、集中の持続しにくさ、頭の重さ、食欲不振を伴う。補中益気湯などが検討される。
気血が不足して心の働きが弱まった状態。不安感、寝つきの悪さ、物忘れ、集中力の低下を伴う。加味帰脾湯・帰脾湯などが検討される。
腎の精気が不足した状態。耳鳴り・耳の詰まり感、腰や足のだるさ、冷えを伴う。六味丸・八味地黄丸などが検討される(年齢・体質に応じて判断)。
緊張やストレスで気の巡りが滞った状態。いらいら、音への過敏さ、頭痛、肩の張りを伴う。柴胡加竜骨牡蛎湯・抑肝散・加味逍遙散などが検討される。
余分な水分が滞り、清陽の上昇を妨げる状態。頭重感、めまい、耳の閉塞感、胃腸の弱さを伴う。半夏白朮天麻湯・苓桂朮甘湯などが検討される。
上記は考え方の例です。実際の処方は、年齢・体格・体質・症状・服薬状況に応じて決めます。現在の処方薬との相互作用は薬剤師が確認します。突然の聞こえの低下、片側だけの難聴、急に強くなった耳鳴り、耳だれ、めまい、神経症状がある場合は、漢方・鍼灸より先に耳鼻咽喉科・神経内科を受診してください。
漢方・鍼灸に関する研究の現状
LiD/APDそのものを対象とした漢方・鍼灸の臨床試験は、調べた範囲では確認できていません。「確実に効く」と言える根拠は、現時点ではありません。日本で診断基準が公表されたのが2024年であり、この分野の研究はこれから積み重ねられる段階です。
関連する研究としては、難聴・耳鳴に対する中医学的介入(鍼灸・漢方・運動療法)を整理した2025年の総説があります。突発性難聴に対する鍼灸のランダム化比較試験のメタ解析も報告されています。ただし、これらは主に末梢性の聴覚障害が対象で、LiD/APDにそのまま当てはまるものではありません。
LiD/APDでは不安などの併存が報告されており、疲労や睡眠の状態とあわせて、聞き取りに使える余力に影響する可能性があります。タナココでは、こうした併存する不調を体質面から支える補完的な位置づけで、漢方・鍼灸をご提案しています。環境調整・補聴援助機器・聴覚トレーニングの代わりではなく、それらと並行して行うものです。
タナココにおける漢方・鍼灸のサポート
聞き取りの場面(どこで、どのように聞き取れないか)に加え、睡眠・疲労・食欲・冷え・不安・緊張の状態を伺い、弁証に基づいて処方を選びます。
補中益気湯:疲れやすく胃腸が弱く、集中が続きにくい脾気虚の傾向に。
半夏白朮天麻湯・苓桂朮甘湯:頭重感、めまい、耳の閉塞感など、水の滞りが目立つ場合に。
加味帰脾湯・帰脾湯:不安、寝つきの悪さ、物忘れを伴う心脾両虚の傾向に。
柴胡加竜骨牡蛎湯・抑肝散:緊張、いらいら、音への過敏さが強い場合に。
六味丸・八味地黄丸:耳鳴り、冷え、腰や足のだるさを伴う腎虚の傾向に(年齢・体質に応じて判断)。
お子さまには、年齢・体重に応じた用量で処方します。甘草を含む処方の重複や、現在の処方薬との相互作用は、薬剤師が確認します。
耳門(じもん)・聴宮(ちょうきゅう)・聴会(ちょうえ):耳の前にあるツボ。耳周囲の巡りを整える目的で用いる。
翳風(えいふう)・完骨(かんこつ)・風池(ふうち):耳の後ろから首にかけてのツボ。耳・頭部の緊張に。
百会(ひゃくえ):頭頂のツボ。頭の重さ、ぼんやり感に。
足三里(あしさんり):脾胃を補い、全身の気血を養うツボ。疲れやすさに。
太渓(たいけい):腎を補うツボ。冷え、耳鳴り、足のだるさに。
内関(ないかん)・神門(しんもん):不安感、寝つきの悪さ、緊張に。
施術は体質と症状に合わせて選びます。細い鍼を使い、お体の反応を確認しながら進めます。思春期のお子さまには軽い刺激から始めますので、「鍼灸ははじめて」の場合も、まずご相談ください。
現在受けている支援(耳鼻咽喉科での診断、補聴援助機器、学校での配慮、処方薬)を伺い、それらと並行できる形で漢方・鍼灸を組み立てます。まだ受診していない段階でも、受診先の整理から相談できます。
聞き取りの困難を少しでも軽くし、人と安心して話せる毎日に近づけること。それを目標に、体質・生活・環境の三つの面から、できることを一つずつ重ねていきます。
よくある質問(FAQ)
聞き取り困難症(LiD)・聴覚情報処理障害(APD)は治りますか?
LiD/APDは何科を受診すればよいですか?
LiD/APDに漢方・鍼灸は有効ですか?
LiD/APDと発達障害は関係がありますか?
お子さまが学校で聞き取れていないようです。何をすればよいですか?
補聴援助機器や現在の治療と、漢方・鍼灸は併用できますか?
変化を感じるまでどれくらいかかりますか?
聞き取りの困難を、「気のせい」「集中力不足」で終わらせないために
聞き取りの困難は、意志や努力の不足ではなく、聞き取りの仕組みと、それを支える心身の状態に理由がある不調です。診断と環境調整、必要に応じた機器の活用が土台になります。
タナココは、その土台に漢方・鍼灸を重ね、睡眠・疲労・不安・消化・冷えといった体質面を整えることで、聞き取りに使える余力を増やし、日常で聞き取りやすい状態に近づけることを目指します。効果には個人差があり、改善をお約束することはできませんが、聞き取りの場面と体質を丁寧に確認し、経過を見ながら方針を調整し、取り組み続けます。
「会議や授業で聞き返すのがつらい」「電話が怖い」「子どもの聞き取りの困難に、学校でも家でも悩んでいる」──どのような状況でも、現状をお聞きするところから始めます。薬剤師・鍼灸師・心理士の資格を持つ担当者が、西洋医学と中医学の両面から、一人ひとりに合った提案をいたします。
一歩ずつで構いません。診断を受けた方も、検査で結論が出ていない方も、まずご相談ください。
