低血圧症とは──
分類・診断基準と、体質から整えるアプローチ
「朝の立ち上がりがつらい」「立ちくらみやだるさが続く」「血圧が低いと言われたが、特に説明はなかった」。低血圧症は、そうしたご相談の多い不調です。
低血圧症は、血圧の低さに加えて、めまい・立ちくらみ・倦怠感などの症状が生活に影響している状態を指します。症状が続いている場合は、原因の確認と、体質や生活面からの対策を行う価値があります。
西洋医学による評価と治療を土台に、中医学の視点から気・血・陽気と水の巡りを整える漢方・鍼灸で、タナココは一人ひとりの症状が軽くなる方法を探します。
最終更新日:2026年11月5日
低血圧症の理解と体質へのアプローチ
低血圧症とは何か
低血圧とは、血圧が一般的な範囲より低い状態です。国際的に統一された診断基準はなく、日本では収縮期血圧(上の血圧)100mmHg未満が目安とされています(日本医事新報「本態性低血圧[私の治療]」、長寿科学振興財団 健康長寿ネット)。収縮期血圧100mmHg以下・拡張期血圧60mmHg以下を目安とする解説もあります(高山・菊地、日本医事新報、2017年)。
「低血圧症」は、血圧の低さに加えて、めまい・立ちくらみ・倦怠感などの症状を伴う状態を指します。血圧が低くても症状がなければ、治療を必要としないことが多い一方、症状が日常生活に影響している場合は、対策や治療の対象になります。
低血圧は、原因となる病気が見つからない「本態性低血圧」、病気や薬が原因の「症候性(二次性)低血圧」、姿勢を変えたときに血圧が下がる「起立性低血圧」の3つに大きく分けられます。
低血圧症は、安静時の血圧が低い状態を含む広い呼び方です。起立性低血圧は、立ち上がったときに血圧が下がる状態で、成人では2011年の国際コンセンサス声明(米国自律神経学会などが支持)の基準で診断されます。起立性調節障害(OD)は、主に思春期に診断される起立時の循環調節の不調の総称で、日本小児心身医学会のガイドラインに基づいて診断されます。思春期のお子さんの場合は、起立性調節障害(OD)のページもご覧ください。
低血圧症の分類と診断基準
低血圧症には、国際的に統一された診断基準がありません。診断は、血圧の測定、症状の確認、原因となる病気や薬剤の確認を組み合わせて行われます。
1)本態性低血圧
診断の考え方
- 収縮期血圧100mmHg未満が目安(明確な定義はない)
- 原因となる病気が特定できないときに診断される
- 臥位と立位の血圧を測り、起立による血圧低下がないかも確認する
- 治療の目的は血圧の数値ではなく、症状と生活の質(QOL)の改善とされる
特徴・症状
- 成人の約3〜7%、女性に多い(男女比はおよそ1:2)
- 痩せ型、筋肉量が少ない、顔色が青白い、冷え性といった体格的特徴がみられやすい
- めまい・ふらつき・立ちくらみ、倦怠感、疲れやすさ、眠気、四肢の冷え
- 遺伝的に低血圧になりやすい体質がみられることもある
2)症候性(二次性)低血圧
主な原因
- 心臓の病気(弁膜症・心不全・不整脈など)
- 内分泌の病気(副腎機能不全など)
- 貧血・出血・脱水・低栄養
- 薬剤(降圧薬・利尿薬・α1遮断薬・三環系抗うつ薬など)
診断と対応
- 病歴と服用中の薬の確認
- 胸部X線・心電図・心臓超音波検査・ホルモン測定などによる原因の検索
- 原因となる病気の治療が大前提
- 急な血圧低下は、迅速な対応が必要
3)起立性低血圧(OH)
診断基準
- 起立後3分以内に、収縮期血圧が20mmHg以上、または拡張期血圧が10mmHg以上低下(2011年の国際コンセンサス声明)
- 収縮期血圧が90mmHg未満まで低下する場合を含める基準もある(2018年欧州心臓病学会の失神ガイドライン)
- 起立後15秒以内の一過性の低下を初期、3分以内を古典的、3分以降も続くものを遅延型と区別する
特徴・背景
- 立ち上がりや長時間の立位で、立ちくらみ・眼前暗黒感・失神が起こる
- 背景に、糖尿病やパーキンソン病などによる自律神経の障害(神経原性)、脱水・出血、薬剤、加齢がある
- 横になっているときに血圧が高くなる臥位高血圧を合併することがある
- 測定は、臥位で安静にした後、起立後1分・3分に行うことが推奨されている(2023年欧州高血圧学会ガイドライン)
4)食後低血圧・神経調節性失神
食後に血圧が下がる食後低血圧(特に高齢の方で問題になります)や、長時間の立位・緊張・痛みなどで血圧と脈拍が下がって失神する神経調節性失神も、低血圧に関連する状態です。症状の出るタイミングを記録しておくと、診断の助けになります。
診察・検査の流れ
① 問診:症状の出方・時間帯、服用中の薬、持病、食事・水分・睡眠の状況を確認します。
② 血圧測定:臥位と立位(起立後1分・3分)で測定し、起立による低下の有無を確認します。
③ 検査:必要に応じて、血液検査(貧血・ホルモンなど)、心電図、心臓超音波検査、胸部X線を行います。
④ 分類の判定:本態性・症候性(二次性)・起立性のどれにあたるかを判断します。
⑤ 家庭での記録:起床時・立位・症状のあるときの血圧を記録しておくと、診断と経過の確認に役立ちます。
症状:身体・精神・生活への影響
低血圧症の症状は、血圧の低さによる脳や全身への血流の不足と、自律神経の調節の乱れを背景に、多岐にわたります。重さには個人差があり、「なんとなくだるい」程度から、日常生活に支障が出る場合まで幅があります。
立ち上がり・循環に関する症状
立ちくらみ・めまい・ふらつき。立ち上がったときや長く立っているときの眼前暗黒感(目の前が暗くなる感覚)・気分不良。少し動いたときの動悸・息切れ。入浴時の気分不良。重い場合は失神、または失神しそうな感覚。
全身の倦怠・自律神経症状
倦怠感・疲れやすさ・脱力感。朝の起きにくさ、午前中の不調、日中の眠気。頭痛・頭重感。手足の冷え。食欲不振・吐き気・腹部の不快感。
集中・生活への影響
集中しにくさ。仕事・家事・通学への支障。睡眠リズムの乱れ。起立性低血圧では、転倒やけがにつながることもあります。
同じ血圧でも、症状のない方と、生活に支障が出る方がいます。そのため診療では、数値を上げることよりも、症状と生活への影響を改善することが重視されます(日本医事新報の解説)。朝に不調が強く、午後に楽になる方もいます。
意識を失う、胸の痛み、強い息苦しさ、黒い便や吐血、急に血圧が下がって強い脱力が出る、薬を飲み始めてから症状が強くなった、といった場合は、漢方・鍼灸より先に、医療機関で原因を確認してください。
有病率と日本の現状
低血圧は、特に女性で身近な不調です。また、起立性低血圧は、年齢が上がるほど多くなります。
| 対象・タイプ | 有病率・リスクの目安 | 特記事項 |
|---|---|---|
| 成人(本態性低血圧) | 成人の約3〜7% | 女性に多く、男女比はおよそ1:2(日本医事新報「本態性低血圧[私の治療]」) |
| 地域在住の高齢者(起立性低血圧) | 約22% | 20研究・約2万5千人のメタ解析(2018年、J Gerontol A Biol Sci Med Sci誌)。60歳超が対象 |
| 介護施設などの高齢者 | 約24% | 同じメタ解析。測定方法による差が大きい |
| 起立性低血圧と死亡リスク | 全死亡リスクが約1.36倍 | 前向き研究7件のメタ解析(2014年、J Hypertens誌)。心血管イベントとの関連も報告されている |
| 起立性低血圧と認知症 | 認知症のリスクが約21%高い | 2018年、Eur Heart J誌。高血圧の高齢者のコホートと既存研究を統合した解析 |
起立性低血圧は、診断される機会が少なく、見過ごされやすいことが、2023年のレビュー・専門家声明でも指摘されています。2025年2月に発表された解析では、持続的な起立性低血圧だけでなく、早期の段階の起立性低血圧でも心血管イベントのリスクが高まる可能性が示されました(死亡リスクの上昇は、進行した状態で強まるとされています)。
上記は、主に高齢の方や持病のある方を対象とした起立性低血圧の研究結果です。若い世代の本態性低血圧に、そのまま当てはまるものではありません。本態性低血圧は、症状がなければ治療を要さないことも多い一方、症状が生活に影響している場合は、原因の確認と対策を行う価値があります。
発症のメカニズム
低血圧症は、体質・自律神経・循環血液量・筋力・薬剤・生活習慣などが関わる、複数の要因の組み合わせで起こります。
1)起立時の循環調節
立ち上がると、重力によって下半身の静脈に血液が移動し、心臓に戻る血液量が一時的に減ります。通常は、頸動脈洞や大動脈弓にある血圧センサー(圧受容器)がこの変化を感知し、交感神経が働いて、末梢の血管が収縮し、心拍数が増えます。この反応により、脳への血流が保たれます。この調節が遅れたり弱かったりすると、脳血流が一時的に不足し、立ちくらみ・めまい・失神感が生じます。
2)本態性低血圧に関わる要因
本態性低血圧の原因は、一つに特定されていません。遺伝的な体質、痩せ型・筋肉量の少なさ、循環血液量、末梢血管の緊張、自律神経の調節の特徴などが関わると考えられていますが、明確な機序は解明されていません。下肢の筋肉は、血液を心臓へ押し戻すポンプの役割をするため、筋肉量や運動習慣も影響します。
3)起立性低血圧に関わる要因
起立性低血圧には、自律神経そのものが障害される「神経原性」(糖尿病・パーキンソン病・多系統萎縮症など)と、脱水・出血・貧血・薬剤・加齢などによる「非神経原性」があります。利尿薬・α1遮断薬・血管拡張薬など、起立性低血圧を悪化させる薬剤があることも知られ、薬剤性の起立性低血圧は、69件のランダム化比較試験(約2万7千人)を統合したメタ解析(2021年、PLOS Medicine誌)でも検討されています。
4)症状を強める誘因
大量の食事、アルコール、暑い環境、長時間の立位、脱水、急な起立は、血圧低下を強める誘因になります。入浴時や暑い場所で気分が悪くなる方も、この誘因に当てはまることがあります。
① 起立:重力により、下半身の静脈に血液が移動します。
② 心拍出量の低下:心臓に戻る血液量が減り、心拍出量が一時的に低下します。
③ 正常な反応:圧受容器がこの変化を感知し、交感神経が活性化して血管が収縮し、心拍数が増えます。
④ 低血圧症で問題となる点:反応が遅い・弱い、あるいは血液量が不足しているため、血圧が保てません。
⑤ 症状の発現:脳血流が低下し、立ちくらみ・めまい・眼前暗黒感・失神感が生じます。
現在の治療とその限界
低血圧症の治療は、原因の確認と、生活指導を基本に進めます。症候性(二次性)低血圧では、原因となる病気の治療や、薬の見直しが最優先です。
非薬物療法(生活指導)
- 水分・塩分の摂取:脱水を避け、水分を十分にとります。心不全や高血圧がない場合に、塩分を増やす方法が検討されます。心臓・腎臓の病気がある方は、医師の判断を受けてください。
- 段階的な起立動作:「横になる→座る→立つ」と、ゆっくり段階を踏みます。
- 弾性ストッキングなどの着用:下肢への血液貯留を減らします。2023年の欧州高血圧学会ガイドラインでも、水分・塩分の増加とともに第一選択の方法とされています。
- 適度な運動:下肢の筋肉を使う運動で、血液を心臓へ戻すポンプ作用を支えます。
- 食事・生活リズム:食事・仕事・睡眠のリズムを整えます。食事は少量ずつ複数回に分け、大量の食事やアルコールは控えめにします。
- 頭部を高くして寝る:起立性低血圧では、夜間の水分・塩分の喪失を抑える目的で用いられます。
- 薬の見直し:利尿薬・α1遮断薬・血管拡張薬など、血圧を下げる作用のある薬は、可能な範囲で主治医が見直します。
薬物療法
生活指導で改善しない場合や、症状が強い場合に検討されます。
| 薬剤名 | 作用機序 | 主な対象・注意点 |
|---|---|---|
| ミドドリン塩酸塩(メトリジン) | 末梢血管を収縮させて血圧を上げる(α1受容体を介した作用) | 本態性低血圧・起立性低血圧に承認されている。臥位高血圧に注意。就寝前の服用は避ける |
| アメジニウムメチル硫酸塩(リズミック®) | ノルアドレナリンの働きを高め、血圧を上昇させる | 本態性低血圧・起立性低血圧・透析施行時の血圧低下に承認されている。高血圧症・甲状腺機能亢進症・褐色細胞腫・閉塞隅角緑内障・残尿を伴う前立腺肥大は禁忌 |
| ドロキシドパ | 体内でノルアドレナリンに変換される | 神経原性の起立性低血圧が主な対象。臥位高血圧に注意 |
| 漢方薬(五苓散・半夏白朮天麻湯・苓桂朮甘湯など) | 水の滞りをさばき、気の巡りと清陽の昇りを助ける(中医学的な捉え方) | 医療用エキス製剤は、めまいなどの症状に対する効能で、低血圧症そのものを病名とした適応ではありません。甘草を含む処方は血圧・血清カリウム値に留意 |
最新の研究から見た薬物療法
2025年のシステマティックレビュー(Cureus誌、25研究):ドロキシドパとミドドリンは起立時の症状を改善し、第一選択とされています。アトモキセチンとフルドロコルチゾンは中等度の効果、ピリドスチグミンは併用で上乗せの効果、オクトレオチドは難治例で可能性があるものの根拠は十分ではないと整理されています。薬によっては長期の使用で副作用が続くこと、反応に個人差が大きいことも指摘されています。
2026年3月の報告:多系統萎縮症に伴う神経原性起立性低血圧を対象とした新薬候補アンプレロキセチンの第3相試験(CYPRESS)は、主要評価項目を達成しませんでした(開発企業の発表)。
2023年の欧州高血圧学会ガイドライン:起立後1分・3分の血圧測定を推奨し、水分・塩分・弾性着衣を第一選択としています。薬物療法は、臥位高血圧を悪化させうる点にも触れています。
薬物療法・生活指導だけでカバーしきれない部分
症状を支える薬であること:昇圧薬は、服用中に血圧を支える性質の薬です。冷え・疲れやすさ・消化器症状・睡眠など、体質面の随伴症状に働きかける薬ではありません。
副作用と使用上の制約:臥位高血圧などの注意点があり、高血圧症や前立腺肥大などがある方には使えない薬もあります。
「薬を使うほどではない」つらさ:本態性低血圧では、治療の目的は数値ではなくQOLの改善です。症状はあるものの、薬を使うほどではない場合は、選択肢が限られます。
生活指導を続ける難しさ:水分・塩分・運動・睡眠の調整は、体力や消化機能が落ちていると、続けること自体が負担になります。
研究の限界:薬の反応には個人差が大きく、新しい薬の開発でも、期待どおりの結果が得られない例があります。一人ひとりの体質に合わせた支えが必要です。
西洋医学 vs 中医学 アプローチ比較
低血圧症に対する西洋医学と中医学のアプローチを整理します。両者は対立するものではなく、それぞれの強みを活かして組み合わせることで、より包括的なサポートができます。
| 観点 | 西洋医学的アプローチ | 中医学的アプローチ |
|---|---|---|
| 病態の捉え方 | 血圧値・心拍数・循環血液量・自律神経反応などの指標と、原因疾患・薬剤の有無で評価 | 気(エネルギー)・血(栄養物質)・陽気(温める力)の不足と、水の滞り(痰飲)として、体質の偏りを包括的に把握する |
| 治療の目標 | 原因の除去、血圧の安定化、症状(めまい・失神・倦怠感)の抑制 | 気・血・陽気の土台を整え、立ち上がる力・日中の活力・朝の動き出しを回復させる |
| 主な治療手段 | 生活指導・弾性ストッキング・昇圧薬(ミドドリン・アメジニウム・ドロキシドパ)・薬の見直し | 弁証に基づく漢方処方(補中益気湯・半夏白朮天麻湯・苓桂朮甘湯・五苓散・当帰芍薬散など)・鍼灸(百会・足三里・内関・関元など) |
| 長所 | 原因疾患の見逃しを防げる・急性症状への対応力・診断基準と薬の根拠が明確 | 体質全体への働きかけ・冷えや消化機能など随伴症状も同時に診る・日常の養生と組み合わせやすい・長期継続しやすい |
| 限界・課題 | 体質面や随伴症状への働きかけが限られる・薬の効果は服用中が中心・薬を使うほどではない症状への選択肢が少ない | 即効性は低い場合がある・個人差が大きい・低血圧症を対象とした大規模な比較試験が限られる |
中医学からの低血圧症の病態分析
中医学では、低血圧症を血圧の数値として捉えるのではなく、「体を動かし、温め、巡らせるエネルギー(気・血・陽気)が不足している」「水の流れが滞っている(痰飲)」という体質の偏りとして分析します。
脈診・舌診・腹診・問診の総合分析(弁証〔べんしょう〕)で、体質の偏りを把握し、処方と鍼灸の方針を決めます。低血圧症で見られやすい証(体質のパターン)は次のとおりです。
脾(消化・エネルギー生成の機能)が弱く、気が不足した状態。朝の起きにくさ・倦怠感・食欲不振・息切れ・立ちくらみ・顔色の白さ・痩せが目立つ。気を補って引き上げる「補気昇提」の考え方で、補中益気湯などが検討される。
胃腸が弱く、余分な水分(痰湿)が溜まって、清陽(頭へのエネルギーの流れ)の上昇を妨げる状態。めまい・頭重・下肢の冷え・胃腸の弱さが重なる。半夏白朮天麻湯などが検討される。
余分な水が体内に滞った状態。立ち上がるとふらつく・動悸・頭が重い・尿量の減少・むくみ・雨天や湿度の高い日の悪化が見られる。苓桂朮甘湯・五苓散などが検討される。
脾の気虚に加え、腎陽(体の根本的な温める力)が低下した状態。全身の冷え・むくみ・下痢傾向・低体温・疲労が目立つ。真武湯・附子理中湯などの温陽処方が検討される。
気血の産生が不足し、心(循環・精神活動)も弱った状態。動悸・不眠・顔色の悪さ・倦怠感が重なる。帰脾湯・人参養栄湯・十全大補湯が検討される。血虚が中心で冷えや水の滞りを伴う場合は、当帰芍薬散が検討される。
気に加えて、陰液(体の潤い)も不足した状態。疲労感・口の渇き・汗・動悸・のぼせ感が組み合わさる。生脈散(人参・麦門冬・五味子)・炙甘草湯などが検討される。
金元時代の李東垣(1180〜1251)は、脾胃(消化とエネルギー代謝を担う機能)が健康の中心であると考え、補中益気湯を創案しました。半夏白朮天麻湯は、李東垣の『脾胃論』に記された処方です。いずれも「脾胃を立て直し、気を補い、清陽を上げる」という考え方に基づいており、低血圧症の「朝の起きにくさ」「めまい」「胃腸の弱さ」と重なります。
苓桂朮甘湯は、茯苓・桂皮・白朮(製品により蒼朮)・甘草の4つの生薬からなる処方で、古典『傷寒論』に「起てば則ち頭眩し(立ち上がるとめまいがする)」という記載があります。中医学的には「温陽化飲・健脾利水」(体を温めて余分な水をさばき、脾の働きを助ける)という働きを持つとされ、立ちくらみ・動悸・頭重感に用いられます。五苓散は、水の滞り(口渇・尿量の減少・むくみ・頭重)が目立つ体質に用いられ、起立性低血圧での研究報告があります(次章)。
漢方・鍼灸に関する研究報告の現状
低血圧症を主な対象とした漢方・鍼灸の大規模なランダム化比較試験(RCT)は、確認できた範囲では多くありません。ただし、起立性低血圧を中心に、臨床報告や、循環反応を調べた研究が蓄積されています。
低血圧症を対象とした漢方・鍼灸の大規模な比較試験は少なく、「確実に効く」と言い切れる段階ではありません。参加者数の少なさ、鍼灸における盲検化の難しさ、対象となる病態の違い、評価指標の多様性といった課題があります。以下は、その前提での報告の紹介です。
漢方薬に関する報告
五苓散:糖尿病に伴う起立性低血圧を対象とした無作為化比較試験(中村らの報告)では、五苓散群で起立後の収縮期・拡張期血圧がともに有意に上昇し、プラセボ群では有意差がなかったとされています(高山・菊地、日本医事新報、2017年に紹介)。
当帰芍薬散:低血圧に、冷え・めまい・頭痛・貧血を伴う場合に、効果的かつ安全であったとする報告が、同じ解説で紹介されています。
半夏白朮天麻湯・苓桂朮甘湯:『総合診療』26巻3号(2016年)の解説では、起立性低血圧症・起立性調節障害に対して、半夏白朮天麻湯が第一選択で、無効な場合に苓桂朮甘湯・五苓散を試みるとされています。Kampo Medicine誌(日東医誌)には、苓桂朮甘湯が有効であった起立性低血圧の2例(2002年)や、起立時のめまいを訴えた2例で4週後に評価指標が改善した報告(2022年)が掲載されています。いずれも症例報告であり、効果を確立するものではありません。
補中益気湯:気虚の体質に広く用いられている処方ですが、低血圧症を対象とした比較試験は、確認できた範囲では多くありません。体質(証)に合った使い方と、経過を見ながらの調整が重要です。
鍼灸に関する報告
内関への電気鍼(2013年、Europace誌):健康な成人30名を対象としたランダム化クロスオーバー試験です。頭部挙上と下半身陰圧で起立不耐を誘発し、内関(PC-6)への電気鍼を行ったところ、前失神症状が現れるまでの時間が約28分から約33〜34分に延びました。経穴以外への刺激では変化がなく、血中のノルアドレナリンやアドレナリンの上昇、脳血流速度の低下の抑制も確認されました。健康な成人での結果であり、患者での有効性は今後の課題とされています。
内関への手技鍼(2021年、Revista Internacional de Acupuntura):健康な成人で、右内関への鍼1回が、起立時の初期の循環反応を高めたとする報告です。起立性低血圧の患者での臨床試験の必要性が述べられています。
本態性低血圧への電気鍼(2004年、J Tradit Chin Med誌):内関・公孫への電気鍼を、本態性低血圧の100例を対象に検討した臨床報告があります。大規模なランダム化比較試験ではなく、効果を確立するものではありません。
透析中の血圧低下に対する研究:血液透析中の低血圧に対して、足三里・三陰交・関元への灸で発生率が低下した71例のRCT(2013年、世界中医薬)や、内関への電気刺激による血圧調整・疲労改善を報告した135例のRCT(2022年、Alternative Therapies in Health and Medicine誌)があります。対象は透析患者であり、低血圧症一般にそのまま当てはまるものではありません。
以上から、鍼灸で低血圧症の血圧が上がると断定できる段階ではありません。一方で、内関などへの刺激が、交感神経活動や起立時の循環反応に影響することを示す研究は積み重なっています。低血圧症の患者を対象とした質の高い臨床試験は、今後の課題です。
タナココにおける漢方・鍼灸のサポート
気・血・陽気という体の土台を整え、水の巡りを助けることで、起立時の循環反応と日中の活力を支えることを目的とします。弁証に基づき、次のような方向性で処方を選びます。
補中益気湯(ほちゅうえっきとう):気を補い、引き上げる処方。疲れやすく、胃腸が弱く、朝の起床が特につらい体質に。
半夏白朮天麻湯(はんげびゃくじゅつてんまとう):胃腸が弱く、めまい・頭重感・下肢の冷えが重なるタイプに。脾を助けて痰湿をさばきます。
苓桂朮甘湯(りょうけいじゅつかんとう):立ちくらみ・動悸・頭重感があり、水の滞りが目立つタイプに。
五苓散(ごれいさん):口渇・尿量の減少・むくみ・頭重など、水の滞りが前面に出るタイプに。糖尿病に伴う起立性低血圧での研究報告があります。
当帰芍薬散(とうきしゃくやくさん):血を補い、水の滞りを除く処方。冷え・めまい・頭痛・貧血傾向を伴う方、特に女性に。
真武湯(しんぶとう):腎陽を補い、体を温める処方。冷え・むくみ・下痢傾向が強い陽虚の傾向に。附子を含むため、体質と用量を慎重に見極めます。
帰脾湯・人参養栄湯:動悸・不眠・顔色の悪さを伴う、心脾両虚・気血両虚の傾向に。
生脈散・炙甘草湯:疲労感・口渇・汗・動悸を伴う、気陰両虚の傾向に。
これらは単独ではなく、弁証に基づいて組み合わせます。処方と用量は、年齢・体格・体質・症状・服薬状況に応じて個別に判断します。甘草を含む処方が重なる場合の血圧・電解質への影響や、昇圧薬・降圧薬・利尿薬などの処方薬との相互作用は、薬剤師が確認します。
気・血・陽気に対応する経穴(ツボ)への刺激を通じて、自律神経の調整、末梢循環の改善、頭部へのエネルギーの流れ(清陽の昇発)を目指します。よく用いる経穴の例は次のとおりです。
百会(ひゃくえ):頭頂部のツボ。立ちくらみ・頭重感・頭のすっきりしない状態に。
足三里(あしさんり):脾胃の機能を補い、全身の気血を増やす代表的なツボ。倦怠感・胃腸機能の低下に。
内関(ないかん):心(循環・精神活動)に関わるツボ。動悸・不安感・自律神経の調整に。起立時の循環反応との関連が研究されている経穴です。
関元(かんげん)・気海(きかい):下腹部のツボ。陽気の補充と、冷えへの対応に。
三陰交(さんいんこう):脾・肝・腎を補うツボ。冷え・気血の調整、女性の不調に。
足三里・三陰交・関元は、中国の透析中低血圧の研究(2013年)でも、灸の対象として用いられた経穴です。お灸で体を温める施術も、体質に合わせて取り入れます。
施術は個人の体質・証・症状に合わせて経穴を選択します。起立性低血圧が疑われる方は、施術後の起き上がりをゆっくり行っていただきます。鍼灸がはじめての方も、初回は体の反応を確認しながら丁寧に進めます。
タナココでは、現在受けている医療(診断・処方薬の内容・血圧の経過)をお聞きしながら、それと組み合わせる形で漢方・鍼灸の方針を考えます。症状の背景に、医療機関での確認が必要な病気や薬の影響が疑われる場合は、その旨をお伝えし、受診をおすすめします。
「昇圧薬を使っているが症状が残る」「検査で異常はないと言われたが毎日つらい」「薬を使うほどではないと言われた」「高齢の家族の立ちくらみが心配」——どのような状況でも、現状をお聞きすることから始めます。薬剤師・鍼灸師・心理士の資格を持つ担当者が、西洋医学と中医学、心理的な側面から、一人ひとりに合った提案をいたします。
よくある質問(FAQ)
低血圧は病気ですか?治療は必要ですか?
低血圧と起立性調節障害(OD)、自律神経失調症は同じですか?
朝が特につらい低血圧に、漢方・鍼灸は有効ですか?
昇圧薬(ミドドリンなど)を使っています。漢方と併用できますか?
鍼灸で血圧は上がりますか?
日常生活で気をつけることはありますか?
改善までどれくらいかかりますか?
高齢の家族の立ちくらみやふらつきが心配です。
低血圧症──「体質だから」「血圧のせい」で終わらせない選択肢があります
「朝がつらい」「立ちくらみが続く」「疲れやすさが取れない」。その背景には、血圧の数値だけでなく、自律神経、水分・血液量、筋力、消化機能、睡眠などが重なっています。医療機関での評価と、体質の側からの支えを組み合わせることで、症状が軽くなる方法を見つけることができます。
中医学では、気・血・陽気の不足や水の滞りという視点から、一人ひとりの体質を丁寧に見立てます。漢方と鍼灸を通じて、立ち上がるときの力、日中の活力、朝の動き出しを、少しずつ取り戻していくことを目指します。
「昇圧薬を使っても症状が残る」「検査で異常はないと言われたが毎日つらい」「薬を使うほどではないと言われた」「高齢の家族の立ちくらみが心配」——どのような状況でも、現状をお聞きすることから始めます。薬剤師・鍼灸師・心理士の資格を持つ担当者が、西洋医学と中医学の両面から、改善に向けて最後まで一緒に考えます。
変化が見えにくいときも、そのままにせず、処方と施術を見直し続けます。変わるための選択肢があることを、まず知っていただければと思います。
