慢性顎関節症とは──
診断基準と治療の限界、漢方・鍼灸の考え方
顎の痛みや口の開けにくさが3か月以上続く状態を、このページでは慢性顎関節症として説明します。
診断基準、痛みが続く仕組み、現在の治療とその限界、中医学(漢方・鍼灸)の考え方と研究結果を、2026年10月までに公表された論文と診療ガイドラインをもとに整理しました。
痛みが長く続く場合でも、改善の経過をたどる方は少なくありません。タナココは、診断と現在の治療を尊重しながら、漢方・鍼灸で体質の面から痛みの軽減を目指します。
最終更新日:2026年10月30日
慢性顎関節症の理解と、漢方・鍼灸によるアプローチ
慢性顎関節症は正式な病名ではなく、顎関節症で顎や顔の痛みが3か月以上続く状態を指す通称です。
診断は、国際基準のDC/TMD(2014年)と、日本顎関節学会の病態分類(Ⅰ〜Ⅳ型)で行います。筋痛・関節痛の診断基準は、感度86〜90%、特異度98〜99%と報告されています。
痛みが続く背景には、顎への負担に加えて、心理的な苦痛や痛みの増幅(神経系の過敏化)が関わるとされています。
現在の標準的な治療(教育、運動療法、徒手療法、認知行動療法)は効果が示されていますが、効果の大きさには限りがあり、痛みが残る方もいます。
鍼は、BMJの診療ガイドライン(2023年)で条件付きで推奨されています。2025〜2026年のメタ解析では、偽の鍼より痛みを減らす結果でしたが、研究の確実性は低〜非常に低と評価されています。
漢方薬は、顎関節症を対象にした質の高い比較試験が少なく、日本の臨床での使用経験と症例報告が中心です。体質に合わせた選択と、副作用の確認が前提になります。
改善の見込み:慢性の顎関節症痛を5年追跡した研究では、追跡できた234人のうち、49%が痛みの完全な回復、14%が痛みの50%を超える軽減を報告しています。
慢性顎関節症とは何か
顎関節症(temporomandibular disorders:TMD)は、日本顎関節学会の定義では「顎関節や咀嚼筋の疼痛、顎関節雑音、開口障害ないし顎運動異常を主要症候とする障害の包括的診断名」です。顎関節や咀嚼筋などの運動器の障害を中心に、複数の病態をまとめた名称です。
「慢性顎関節症」は、診断名ではありません。顎関節症で、顎や顔の痛みが3か月以上続いている状態を指す通称です。BMJの診療ガイドライン(2023年)は、3か月以上続く痛みを慢性と定義しています。国際疼痛学会(IASP)は、ICD-11で慢性の顎関節症を「一次性疼痛」に分類しています。
「顎関節症」は病態をまとめた診断名、「慢性顎関節症」は、そのうち痛みが3か月以上続いている状態を指す通称として使います。痛みがなく、関節音や口の開けにくさだけがある場合は、このページの対象とは経過や考え方が異なります。
診断基準:DC/TMDと日本顎関節学会の病態分類
1)国際基準:DC/TMD(2014年)Axis Ⅰ
DC/TMD(Diagnostic Criteria for Temporomandibular Disorders)は、2014年に国際的な専門家グループが発表した診断基準です。身体面を評価するAxis Ⅰと、心理社会面を評価するAxis Ⅱの2軸で構成されます。
痛みに関する診断では、まず「顎やこめかみの痛みが、顎の動き・機能・癖(くいしばりなど)で変化する」という病歴を確認します。次に診察で、触診や口の開閉によって「いつもの痛み」が再現されるかを調べます。
| 診断名 | 診察での所見 | 感度/特異度 |
|---|---|---|
| 筋痛(myalgia) | 咬筋・側頭筋の触診、または最大開口で「いつもの痛み」が再現される | 90%/99% |
| 筋筋膜痛(関連痛を伴う) | 筋の触診で「いつもの痛み」が再現され、触れた筋の範囲を超えて痛みが広がる(例:歯の痛み) | 86%/98% |
| 関節痛(arthralgia) | 顎関節の触診、または開閉口・側方・前方運動で「いつもの痛み」が再現される | 89%/98% |
| 顎関節症に起因する頭痛 | こめかみの頭痛が顎の動きで変化し、触診または顎運動で再現される(筋痛・関節痛などの診断が前提) | 89%/87% |
表1 Axis Ⅰ:痛みに関する診断。許容できる診断精度の目安は、感度70%以上・特異度95%以上とされています。出典:Schiffman & Ohrbach 2016
関節内の障害の診断精度は、次のとおりです。
| 診断名 | 臨床所見 | 感度/特異度 |
|---|---|---|
| 復位を伴う関節円板転位 | 開閉口時のクリック音など | 34%/92% |
| 復位を伴わない関節円板転位(開口制限あり) | 食事に支障が出る開口制限、他動的な最大開口が40mm未満 | 80%/97% |
| 変形性顎関節症 | ジャリジャリという音(クレピタス) | 55%/61% |
| 亜脱臼 | 大きく開けた位置で顎が引っかかり、特定の動作で戻る | 98%/100% |
表2 Axis Ⅰ:顎関節内の障害。診断精度の目安(感度70%以上・特異度95%以上)を満たすのは、復位を伴わない関節円板転位(開口制限あり)と亜脱臼です。復位を伴う関節円板転位の確定にはMRI、変形性顎関節症の確定にはCTが必要とされています。出典:Schiffman & Ohrbach 2016
2)Axis Ⅱ:心理社会面の評価
慢性化した痛みでは、身体の診断に加えて、痛みの強さ、生活への支障、顎の機能制限、不安や抑うつ、身体症状、口の癖(日中の歯の接触など)を確認します。スクリーニングには、Graded Chronic Pain Scale、疼痛図(ペインドローイング)、Jaw Functional Limitation Scale、PHQ-4、Oral Behaviors Checklistが推奨されています。Axis Ⅱは、痛みの慢性化や治療への反応を考えるうえで重要な評価です。
3)日本顎関節学会の病態分類(2013年改訂)
日本顎関節学会は、2013年に顎関節症の病態分類をDC/TMDに則して改訂しました。病態名を用い、複数の病態の重複診断を認める方式です。
| 分類 | 病態名 |
|---|---|
| Ⅰ型 | 咀嚼筋痛障害 |
| Ⅱ型 | 顎関節痛障害 |
| Ⅲ型 | 顎関節円板障害(a:復位性、b:非復位性) |
| Ⅳ型 | 変形性顎関節症 |
表3 顎関節症の病態分類(日本顎関節学会)。出典:日本補綴歯科学会誌 2024、日本顎関節学会雑誌 31巻1号。日本顎関節学会は、初期治療に関する診療ガイドラインも公表しています。
4)診断で除外すべき病気と、画像検査の位置づけ
顎関節症の診断では、まず歯の病気(むし歯、歯髄炎など)や、顎の周囲の他の痛みの病気を除外します。しびれ、腫れ、赤みは、一般的な顎関節症では通常みられず、これらがある場合は、感染症、腫瘍、全身の病気を調べる必要があります。
関節円板のずれの確定にはMRI、変形性顎関節症の確定にはCTが必要です。一方、画像でみつかる所見は症状がなくても存在し、関節円板の位置異常は、症状のない人の約3分の1にみられます。画像の所見だけで、痛みの原因を決めることはできません。
症状:痛み・関節音・顎の動き、慢性期に伴う症状
慢性顎関節症の症状は、顎の痛みを中心に、関節音や口の開けにくさ、頭痛や首の痛み、睡眠や集中の困難まで幅があります。症状の重さや組み合わせには個人差があります。
痛み
顎、顔、こめかみ、耳の前などに出ます。噛む、あくびをする、話すなどの動作や、くいしばりなどの癖で変化します。朝起きたときに強い、夕方に強いなど、時間帯による違いにも個人差があります。
関節音・顎の動きの異常
開閉口時のクリック音、ポキッという音、ジャリジャリという音(クレピタス)があります。口が開けにくい、途中で引っかかる、まっすぐ開かないといった顎運動の異常もみられます。
慢性期に伴う症状
頭痛、耳の痛み、首の痛みを伴うことがあります。慢性の顎関節症は、線維筋痛症や慢性疲労症候群と共通する症状(全身の痛覚過敏、睡眠や集中の困難、頭痛)を持つと記載されています。
主に専門外来の患者さんを対象とした2022年の系統的レビューでは、抑うつが43%、中等度〜重度の身体化(身体症状の訴え)が60%と報告されています。この数字は専門外来の患者さんが中心で、慢性の顎関節症のすべての方に当てはまるものではありません。痛みが長く続くことで睡眠や気分に影響が出ることがあり、身体面と心理面を合わせて確認することが大切です。
有病率と経過
顎関節症は、頻度の高い病気です。そのうち、痛みが3か月以上続く慢性の状態になる方もいます。
| 項目 | 数値の目安 | 特記事項 |
|---|---|---|
| 顎関節症の有病率(世界) | 29.5%(2025年のメタ解析) | DC/TMDまたはRDC/TMDなどの診断基準を用いた研究の統合値で、女性で高い結果です。ただし、症状のない人にも関節円板の位置異常が約3分の1にみられるため、治療が必要な人の割合ではありません。 |
| 慢性の痛みを伴う顎関節症 | 成人の6〜9% | 腰痛に次いで多い慢性の筋骨格系の痛みとされています。 |
| 初めて発症する割合 | 年3.9% | 米国のOPPERA研究(3,258人を登録し追跡)の結果です。 |
| 急性痛からの慢性化 | 最大30% | 急性の顎関節症痛の最大30%が、3か月以上続く慢性痛に移行しうると報告されています。 |
表4 有病率・発症・慢性化の目安
慢性の痛みの5年後の経過
慢性の顎関節症痛の予後はさまざまです。BMJの診療ガイドラインが引用している5年追跡研究(368人中234人を追跡)では、次の結果でした。
| 5年後の状態 | 割合 |
|---|---|
| 痛みが完全になくなった | 49% |
| 痛みが50%を超えて軽くなった | 14% |
| 痛みが20〜50%軽くなった | 8% |
| 変化なし | 13% |
| 痛みが20%以上増えた | 16% |
表5 慢性の顎関節症痛の5年後の経過。追跡できなかった人が36%いる点に注意が必要です。OPPERA研究では、5年後の慢性痛の完全寛解は24%(189人中46人)でしたが、追跡できなかった人が78%いました。研究方法によって数字が異なります。出典:Busse 2023
この研究では、痛みの改善は、口の開く範囲などの診察所見の変化とは大きく独立していました。痛みがなくなった人では、関節音がむしろ増えていました。関節音や関節の形が残っていても、痛みが軽くなる可能性があることを示しています。
一方で、痛みが変わらない方、増える方もいます。経過をみるだけにせず、痛みが続く要因を確認して対応を見直していくことが大切です。
発症・慢性化のメカニズム
顎関節症は、複数の要因が関わる多因子の病気と考えられています。「なぜ痛みが3か月以上続くのか」を理解するために、研究で示されている要因を整理します。
1)噛み合わせだけでは説明できない
かつて顎関節症は、噛み合わせの問題が主な原因と考えられていた時期がありました。現在は、顎への負担、口の癖、心理的な苦痛、痛みの感じやすさなど、複数の要因が重なって発症や慢性化に関わると考えられています。
2)大規模な追跡研究(OPPERA)が示したこと
米国のOPPERA研究は、3,258人を追跡し、痛みを伴う顎関節症の発症と慢性化の要因を調べました。
- 初めて顎関節症を発症する割合は、年3.9%でした。
- 発症と持続に関わる中間的な要因として、心理的な苦痛と痛みの増幅の2つが想定されています。
- 口の癖(日中の歯の接触、くいしばりなど)は、DC/TMDのAxis Ⅱで評価する項目に含まれています。
3)末梢の痛みから、神経系の過敏化へ
急性の痛みは、主に顎の筋肉や関節といった末梢の組織の問題として起こります。痛みが長引くと、痛みを処理する神経系が過敏になる「中枢感作」が関わるようになると考えられています。中枢感作は、慢性の顎関節症痛の特徴のひとつとされています。
- 炎症に関わる物質やグリア細胞の活性化(神経炎症)が、末梢感作と中枢感作の両方に関与すると考えられています。うつ病や不安症との共通点も報告されています。
- 慢性の顎関節症痛を、組織の損傷だけでなく、痛みを処理する神経系の変化による痛み(ノシプラスティック痛)として捉える提案があります。
- MRI研究の系統的レビュー(2025年)では、顎関節症で脳の構造や機能の変化が報告されています。原因か結果かについては、さらに研究が必要です。
4)痛みが続く流れ
以上をまとめると、慢性化は次のような流れで進むと考えられます。どの段階が強いかは、個人によって異なります。
- ① 負担の蓄積:くいしばり・口の癖・外傷などの顎への負担と、心理的なストレスが重なる。
- ② 痛みの発生:咀嚼筋が緊張し、顎関節に負荷がかかり、痛みが出る。
- ③ 痛みへの反応:痛みへの不安や緊張が増し、さらに顎や首肩の筋が緊張する。
- ④ 過敏化:神経系が痛みに敏感になり、軽い刺激でも痛みやすくなる。①に戻って繰り返す。
5)回復にも、同じ仕組みが関わる
OPPERAのコホートでは、症状がなくなった人で、痛みを破局的に捉える傾向(pain catastrophizing)が有意に低下していました。痛みが続く要因は、顎の組織だけでなく、心理的な苦痛や痛みの感じ方にもあり、これらにも働きかけることができます。
現在の治療とその課題
2023年のBMJ診療ガイドラインは、慢性の顎関節症痛(3か月以上、成人)に対する59の治療法を、153件の試験(8,713人)のネットワークメタ解析で比較し、推奨を示しました。
| 推奨の区分 | 主な内容 |
|---|---|
| 強く推奨 | 認知行動療法(バイオフィードバックやリラクセーションの併用の有無を問わない)/セラピストによる顎の可動化/徒手によるトリガーポイント療法/指導下の姿勢運動/指導下の顎の運動とストレッチ/通常ケア(教育、自宅での運動・ストレッチなど) |
| 条件付きで推奨 | 徒手療法(マニピュレーション)、指導下の顎運動と可動化の併用、認知行動療法とNSAIDsの併用、マニピュレーションと姿勢運動の併用、鍼 |
| 条件付きで反対 | 取り外せる(可逆性の)スプリント、関節腔洗浄、低出力レーザー、TENS、ガバペンチン、ボツリヌス毒素注射、ヒアルロン酸注射、トリガーポイント注射、アセトアミノフェン、ステロイド注射、ベンゾジアゼピン、βブロッカー など |
| 強く反対 | 元に戻せない(不可逆性の)スプリント、関節円板切除術、NSAIDsとオピオイドの併用 |
表6 慢性の顎関節症痛に対する推奨(BMJ 2023、偽治療との比較)。強く推奨された治療の痛みへの効果は、10cmの視覚的評価尺度で1.31〜2.62cmの低下でした(患者にとって意味のある最小の変化は1cm)。推奨の区分は、効果の大きさだけでなく、根拠の確実性や害・負担を踏まえて決められます。「条件付きで反対」は、効果がないことの証明ではありません。出典:Busse 2023
現在の治療が抱える課題
効果の大きさに限りがあること:強く推奨された治療でも、痛みの低下は10cmの尺度で1.31〜2.62cmです。患者にとって意味のある最小の変化は1cmとされており、効果の幅には個人差があります。
条件付きの推奨・反対にとどまる治療が多いこと:表6のとおり、鍼を含む多くの治療は「条件付き」の区分です。研究が少ない、または研究の質にばらつきがあることを反映しています。
試験の対象が限られること:試験の対象は、中央値46人、追跡期間は中央値12週、女性が83%、平均年齢35歳でした。長期の結果や、男性・高齢者での結果は、十分にわかっていません。
スプリントの効果が不確かなこと:Cochraneレビューは、咬合に関する治療の効果についての根拠は非常に不確かとしています。元に戻せないスプリントは、効果が不確実である一方、可動域の永続的な変化や顔面神経麻痺などの重大な有害事象の可能性があるため、強く反対されています。取り外せるスプリントの適応は、歯科医と相談して決めます。
心理的な治療の根拠が限定的なこと:Cochraneレビュー(2022年)は、心理的な治療の根拠の確実性は低いとしています。
継続的な取り組みが必要なこと:強く推奨された治療の多くは、通院や自宅での運動など、継続的な取り組みを要します。
害の報告が十分でないこと:顎関節症の治療試験で、有害事象の報告の質を調べた系統的レビュー(2026年)があります。治療を選ぶ際は、効果と合わせて、害や負担も確認することが大切です。
痛みが残る方がいること:5年の追跡でも、変化がない方、痛みが増えた方がいます。
ご自身でできること
- 日中の歯の接触、くいしばり、頬杖、片側だけで噛む癖に気づく。
- 顎の痛みの強さ(0〜10)と、痛みが出た動作や状況を記録する。
- 顎のストレッチや運動は、歯科医や理学療法士に方法を確認してから行う(指導下の運動が強く推奨されています)。
- 緊張や睡眠への取り組みを続ける。認知行動療法は、強く推奨される治療に含まれます。
西洋医学 vs 中医学 アプローチ比較
慢性顎関節症に対する西洋医学と中医学のアプローチの違いを整理します。両者は対立するものではなく、それぞれの特徴を活かして組み合わせることで、より包括的なサポートができます。
| 観点 | 西洋医学的アプローチ | 中医学的アプローチ |
|---|---|---|
| 病態の捉え方 | DC/TMDで、筋痛・関節痛・関節内障害などの診断名を決める。Axis Ⅱで心理社会面を評価する | 顎の局所に加え、気・血の滞り(気滞・血瘀)、肝の失調(肝気鬱結)、気血の不足など、体質と全身の状態を弁証(べんしょう)で把握する |
| 治療の目標 | 痛みの軽減、口の開きなど顎の機能の改善、生活への支障の軽減 | 痛みの軽減に加えて、睡眠、首や肩のこり、冷え、緊張など全身の状態を整え、痛みが続きにくい体の状態を目指す |
| 主な治療手段 | 教育とセルフケア、運動療法・徒手療法、認知行動療法、薬物療法、スプリント(適応を選んで) | 弁証に基づく漢方処方、鍼灸、日常の養生 |
| 長所 | 診断基準が明確で、ガイドラインにもとづく根拠が蓄積されている | 全身の状態を同時に診る。個別に治療を組み立てる。歯科・口腔外科の治療やセルフケアと併用しやすい。報告されている有害事象は、鍼では内出血など軽いものが中心 |
| 限界・課題 | 効果の大きさに限りがある。条件付きの推奨にとどまる治療が多い。痛みが残る方もいる | 漢方薬単独の質の高い比較試験が少ない。鍼の研究の確実性は低〜非常に低。個人差が大きく、変化を感じるまで時間がかかる場合がある |
中医学からの慢性顎関節症の病態分析
中医学では、同じ「顎関節症」という病名でも、体質や状態は人によって異なると考えます。痛みのある顎だけでなく、睡眠、ストレス、冷え、消化、月経、首や肩のこりなどの全身の状態を、脈診・舌診・腹診・問診で総合的に確認し(弁証)、その人の体質の偏りに合わせて漢方や鍼灸の方針を決めます。
中国の中医骨傷科の文献では、顎関節の不調は「頬車骱錯縫(きょうしゃかいさくほう)」「口噤(こうきん)」などの範疇で扱われ、「筋が正しい位置を外れ、骨がずれる」「気血の滞り」「経絡の通りの悪さ」が中心的な病態と考えられてきました。また中医学では「肝は筋を主る」と考え、筋の緊張やこわばりを、肝の血の不足や肝の気の失調と関連づけます。
米国の中医学の臨床試験(Ritenbaugh ら、顎関節症に伴う慢性の顔面痛)では、参加者の中医学的診断(証)のうち、最も多かったのは「肝気鬱結」と「気滞血瘀」でした。割付の時点・群によって差があり、肝気鬱結が約35〜54%、気滞血瘀が約38〜51%でした。多くの方は複数の証を併せ持つため、診察で主たる証を見立てます。慢性顎関節症で見られやすい証の例は次のとおりです。
ストレスや精神的な緊張で、「肝」の気の流れが停滞する状態。緊張やストレスで痛みが悪化する、くいしばりがある、首や肩がこる、いらだちがある、月経前に悪化するといった傾向があります。気の巡りを整える(疏肝解鬱)考え方で、逍遙散・柴胡疏肝散などが中医学で用いられます。日本では、加味逍遙散や抑肝散、柴胡桂枝湯などが検討されます。
気や血の巡りが滞り、痛みが一か所に固定する状態。押すと痛い点がある、外傷のあとや、痛みが長引いている場合に見られます。血の巡りを整える(活血化瘀)考え方で、圧痛点(阿是穴)への鍼や、血の巡りを整える処方が検討されます。
寒さや天候の変化で痛みが悪化し、こわばりや冷えを伴う状態。体を温めて巡りを整える考え方で、温鍼やお灸が検討されます。日本では、手足の冷え、関節痛、こわばりがある場合に桂枝加朮附湯が用いられることがあります。
血(栄養物質)や気(エネルギー)が不足した状態。疲れやすい、食欲が落ちる、眠りが浅い、痛みが長引いて体力が落ちているといった傾向があります。気血を補う考え方で、足三里などの鍼や、補中益気湯・十全大補湯・当帰芍薬散などの処方が検討されます。筋の緊張やこむら返りのような痛みには、芍薬甘草湯が用いられることがあります。
上記は、中医学の一般的な説明です。実際には、複数の証を併せ持つことが多く、同じ顎関節症でも、証が異なれば鍼の部位も処方も変わります。診察では、顎・咬筋・側頭筋・首や肩の触診に加えて、舌・脈・腹部の診察、睡眠、ストレス、冷え、消化、月経などの問診を行い、主たる証を見立てます。
漢方・鍼灸に関する研究報告の現状
慢性の顎関節症に対する鍼は、メタ解析で偽の鍼より痛みを減らす結果が出ていますが、研究の確実性は低〜非常に低と評価されています。漢方薬は、顎関節症を対象にした質の高い比較試験が少なく、「確実に効く」という決定的な根拠はありません。研究の数が少ないこと、参加者数が少ないこと、鍼の偽治療の設定が難しいこと、評価の方法が研究ごとに異なることなどが、課題として挙げられています。
鍼:システマティックレビューとメタ解析(2023〜2026年)
| 研究 | 対象 | 主な結果 |
|---|---|---|
| Ning ら(2026年) | 19件のRCT、708人 | 対照群より痛みを減らし(標準化平均差 −0.65、95%CI −0.83〜−0.48)、開口量を増やした(0.57、95%CI 0.38〜0.77) |
| Miao ら(2025年) | 14件のRCT、476人 | 偽の鍼との比較で、痛みが減少(平均差 −1.75、95%CI −2.47〜−1.03)。スプリントなどの保存療法との比較では、明確な優位性は示されなかった。根拠の確実性は低〜非常に低 |
| Ha ら(2025年) | 45件のRCT、2,211人(東アジア医学の治療) | 鍼は、偽の治療より痛みを減らした(平均差 −1.18)。確実性は低〜非常に低 |
| BMJ ガイドライン(2023年) | 慢性の顎関節症痛 | 鍼を条件付きで推奨。韓国の2018年ガイドラインの記載として、鍼には中等度の確実性の根拠があるとされています |
表7 顎関節症に対する鍼のシステマティックレビュー/メタ解析。「偽の鍼との比較」は鍼の特異的な効果の可能性を、「保存療法との比較」は既存の治療に代わる、または併用する選択肢としての位置づけを示します。研究の数が少なく、質にもばらつきがあるため、慎重な解釈が必要です。
総合的な中医学の臨床試験
米国で行われた比較効果試験(Ritenbaugh ら、2012年)は、顎関節症に伴う慢性の顔面痛に対して、中医学を心理社会的セルフケアと比べました。168人が登録され、中医学の群では、鍼(1回あたり最大20本)、漢方(65種の生薬の処方集から、顆粒剤を使用)、推拿などが、証に合わせて行われました。最初の8週間に6〜10回の通院が推奨されました。
- 顔面痛:8週時点で、中医学は心理社会的セルフケアより、特徴的な顔面痛を0.60点(p=0.020)、最悪時の顔面痛を0.58点(p=0.045)多く減らしました(いずれも10点満点)。差は大きくはありませんが、統計的に有意でした。
- その他の指標:社会活動への支障、睡眠、全般的な良好状態の指標でも、中医学の群で改善がみられました。抑うつと、鎮痛薬の使用量には、差がありませんでした。
- 安全性:研究に関連した救急受診や入院はありませんでした。耳鍼を受けた参加者で、耳の蜂窩織炎が1例ありました(耳の症状を繰り返していた方で、その後、既往の確認を義務づけました)。漢方による軽い消化器症状や、鍼による軽い皮下出血が、まれにみられました。血液検査(肝機能、腎機能など)で、有害な所見はありませんでした。
この試験には、結果が短期にとどまること、中医学の群で通院回数が多かったこと、割付が参加者の希望に応じて行われなかったことなどの限界があります。
漢方薬
漢方薬については、東アジア医学の治療を比較した2025年のネットワークメタ解析で、漢方薬を解析に含められる研究がありませんでした。韓国の2018年のガイドラインでは、漢方薬の根拠は低い確実性とされています。一方、日本では、歯科・医科で、体質や症状に応じて漢方薬が用いられています。日本の臨床資料にみられる処方の例は次のとおりです。
| 処方 | 検討される場面(資料の記載) |
|---|---|
| 芍薬甘草湯 | 筋肉の急な緊張・痙攣に伴う痛み。歯科領域では、筋肉・関節痛(顎関節症)に用いられる例が紹介されています |
| 葛根湯 | 首や肩、背部の筋緊張。慢性の痛みでは、運動療法と併用して用いられる例があります |
| 桂枝加朮附湯 | 手足の冷え、関節痛、こわばりがある場合 |
| 抑肝散 | 睡眠中のくいしばりが目立つ場合 |
| 加味逍遙散 | のぼせ、イライラ、肩こり、冷え、月経不順、精神的な不安を伴う場合 |
| 当帰芍薬散 | 貧血傾向、頭痛、めまい、肩こり、月経不順を伴い、体力が低めの場合 |
| 柴胡桂枝湯 | 心理的な症状を伴う顎関節症の1症例で、2週間の服用後に症状が改善したという報告があります(症例報告) |
表8 日本の臨床資料にみられる処方の例。この表は、特定の処方を推奨するものではありません。処方は、診察で証を見立てて決めます。症例報告は個別の経験であり、同じ結果を保証するものではありません。
鍼の作用として考えられていること
鍼による鎮痛の仕組みとして、脳幹から脊髄に向かう「下行性疼痛抑制系」(セロトニン、ノルアドレナリンなどが関与)の活性化が報告されています。また、鍼が下行性の抑制を強め、中枢感作を和らげる可能性が、総説でまとめられています。ただし、鍼、神経炎症、中枢感作、臨床反応の関係は、まだ十分には解明されておらず、顎関節症の患者さんで直接確かめた研究は限られています。
安全性
- 鍼の有害事象は、皮下出血(内出血)など軽いものが中心です。BMJのガイドラインでも、保存的治療の有害事象は軽微であると専門家が合意し、例として鍼後の内出血が挙げられています。
- 耳鍼で、耳の軽い蜂窩織炎が1例ありました。以前に耳の感染を繰り返した方は、事前にお知らせください。
- 出血しやすい病気がある方、妊娠中または妊娠の可能性がある方は、事前にお伝えください。
- 漢方薬は、体質や持病、服用中の薬によって、合わない場合があります。服用中の薬(お薬手帳)を必ず確認します。
- 甘草は、多くの漢方処方に含まれる生薬です。複数の漢方薬や市販薬を重ねると総量が増えます。添付文書には、ミオパチー(手足のだるさ、脱力、筋肉痛など)の注意があります。むくみ、血圧の上昇、脱力感などが出た場合は、すぐに医師・薬剤師に相談してください。
- 葛根湯には麻黄が含まれます。持病がある場合は、服用前に医師・薬剤師へ相談します。
- 市販の漢方薬の添付文書には、1か月ほど服用しても症状が良くならない場合は、服用を中止して相談するよう記載されています。
タナココにおける漢方・鍼灸のサポート
タナココでは、慢性顎関節症の方に、歯科・口腔外科での診断と現在の治療を伺ったうえで、漢方・鍼灸・セルフケアを組み合わせて、痛みの軽減を目指します。慢性の痛みは時間のかかる症状ですが、5年の追跡で、追跡できた方の約半数が痛みの完全な回復を報告しており、関節音が残ったまま痛みが軽くなる方もいます。痛みが続く理由は一つではないため、診断、セルフケア、鍼灸、漢方を組み合わせ、変化を確認しながら方針を見直します。
漢方では、顎の痛みだけでなく、睡眠、ストレス、冷え、消化、月経、首や肩のこりなどを合わせて確認し、弁証に基づいて処方を選びます。検討する処方の方向性は、次のとおりです。
芍薬甘草湯(しゃくやくかんぞうとう):筋肉の急な緊張・痙攣に伴う痛みに。
葛根湯(かっこんとう):首や肩、背部の筋緊張が強い場合に。麻黄を含むため、持病や服用中の薬を確認します。
桂枝加朮附湯(けいしかじゅつぶとう):手足の冷え、関節痛、こわばりがある場合に。
抑肝散(よくかんさん):睡眠中のくいしばりや、いらだち、緊張が目立つ場合に。
加味逍遙散(かみしょうようさん):のぼせ、イライラ、肩こり、冷え、月経不順、不安を伴う場合に。
当帰芍薬散(とうきしゃくやくさん):貧血傾向、頭痛、めまい、肩こりがあり、体力が低めの場合に。
柴胡桂枝湯(さいこけいしとう):心理的な症状を伴う場合の選択肢のひとつに。
これらは単独ではなく、弁証に基づいて組み合わせます。処方の選択・用量は、年齢・体格・体質・現在の症状・服薬状況に応じて個別に判断します。甘草を含む処方が重なる場合の血圧・電解質への影響や、現在の処方薬との相互作用は、薬剤師が確認します。
鍼灸では、顎の周囲だけでなく、首・肩、手足、全身の調整を目的としたツボを組み合わせ、体の状態に合わせて選びます。使用するツボの例は、次のとおりです。
下関(げかん)・頬車(きょうしゃ):顎関節と咬筋の周囲にあるツボ。顎の局所の筋緊張や痛みに。
合谷(ごうこく):手の甲にあるツボ。顔面や顎の痛みに用いられる代表的なツボ。
風池(ふうち)・肩井(けんせい):首から肩にあるツボ。首や肩のこりを伴う場合に。
太衝(たいしょう):足の甲にあるツボ。ストレスや緊張が関わる場合(肝気鬱結)に。
足三里(あしさんり):脾胃の働きを補い、全身の気血を増やすツボ。疲れやすい、体力が落ちている場合に。
阿是穴(あぜけつ):押すと痛い点(圧痛点)。痛みのある筋や関節周囲の反応点に。
冷えやこわばりが目立つ場合は、温鍼(鍼にお灸を併用する方法)やお灸を用います。施術は、体質・証・現在の症状に合わせて選択します。顔面は刺激に敏感な部位のため、お体の反応を確認しながら、刺激量を調整します。「鍼灸ははじめて」という場合も、まずご相談ください。
初回から経過確認までの流れ
- 問診:痛みの場所と出る動作、経過、これまでの診断・治療、睡眠、ストレス、持病、服用中の薬を確認します。
- 診察:顎、咬筋・側頭筋、首や肩の触診に加え、中医学の診察(舌、脈、腹部など)で証を見立てます。
- 方針の説明:鍼灸、漢方、セルフケアの組み合わせと、通院回数の目安を、根拠と限界を含めてご説明します。
- 経過確認:数回ごとに、痛みの強さ(0〜10)、口の開き具合、食事・睡眠での困りごとを確認し、記録します。
- 見直しと連携:変化が乏しい場合は方針を見直し、必要に応じて歯科・口腔外科などの受診をご案内します。
次のような方に向いています
- 歯科・口腔外科で顎関節症と診断されたが、痛みが3か月以上続いている
- スプリント、薬、運動療法を続けても、十分に軽くならない
- 顎の痛みに加えて、首や肩のこり、頭痛、睡眠の浅さ、くいしばりがある
- 痛みに波があり、季節や疲れ、ストレスで悪化する
- 痛み止めの量を増やさずに、別の方法も試したい
原因の確認を続けます:「年齢のせい」「ストレスのせい」と片づけません。痛みの場所、出る動作、睡眠、体質、これまでの治療を一つずつ確認し、見落としを減らします。変化が乏しいときも、原因の見直しを続けます。
現在の治療を尊重します:歯科・口腔外科での診断と治療を尊重し、併用します。自己判断での治療の中止はおすすめしません。
根拠と限界をご説明します:効果を断定せず、研究結果の根拠と限界を説明します。
改善の目安を共有します:痛みの強さ、口の開き具合、食事・睡眠について、目安を一緒に決め、記録して共有します。
安全性を確認します:漢方を取り入れる場合は、持病と服用中の薬を確認し、薬剤師が相互作用を確認します。先に受診が必要な症状(第12章)がある場合は、医療機関への受診を優先します。
「スプリントを続けても痛みが残る」「痛み止めを増やしたくない」「顎だけでなく、首や肩、頭痛もある」「何年も続いている」——どのような状況でも、現状をお聞きすることから始めます。薬剤師・鍼灸師・心理士の資格を持つ担当者が、西洋医学と中医学、心理的な側面から、一人ひとりに合った提案をいたします。
よくある質問(FAQ)
慢性顎関節症は治りますか?
慢性顎関節症は、何か月続くとそう呼ばれますか?
関節が鳴るだけでも治療が必要ですか?
マウスピース(スプリント)は意味がないのですか?
鍼は顎関節症に効果がありますか?
漢方薬は顎関節症に使えますか?
鍼灸と漢方は併用できますか?
歯科・口腔外科で治療を受けています。併用できますか?
ストレスが原因ですか?
痛みが何年も続いています。今からでも改善しますか?
どのくらい通えばよいですか?
先に受診していただきたい場合
・顎や顔の腫れ、赤み、しびれ、発熱がある
・転倒や打撲などの外傷のあとに症状が出た
・急に口が開かなくなった、または開いたまま閉じなくなった
・安静にしていても強い痛みがある
・歯や耳の痛みが主な症状である
・顎関節症の診断を、まだ受けたことがない
慢性顎関節症──原因を一つずつ確認し、方針を見直し続けます
顎の痛みが3か月以上続いている場合、痛みの背景は、顎の筋肉や関節だけとは限りません。睡眠、緊張、くいしばりなどの癖、体質、これまでの治療の経過を確認することが、方針を見直す手がかりになります。
タナココでは、診断結果と現在の治療を伺ったうえで、漢方と鍼灸、セルフケアを組み合わせてご提案します。変化が乏しいときも、原因の見直しを続けます。
歯科・口腔外科での治療を続けながらでも、ご相談いただけます。薬剤師・鍼灸師・心理士の資格を持つ担当者が、西洋医学と中医学の両面から、一人ひとりに合った提案をいたします。まずは、現在の状態をお聞かせください。
