多汗症と漢方

相模原タナココ漢方薬局・鍼灸接骨院です。

 

暑さもピークを過ぎ、次第に涼しくなってきますが、多汗症の方は暑くても涼しくても「汗」で常に悩んでいます。

 

今日は多汗症についてです。

 

汗について

多汗症について知る前に、まず「汗」について見てみたいと思います。

汗は皮膚のエクリン腺、アポクリン腺というところから分泌されます。

 

「小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)」より引用

 

エクリン腺は口唇など一部分を除く全身の皮膚に存在する汗腺で、気温や体温が高い時に働き、体温を下げる働きがあります。

アポクリン腺は主に腋窩、外耳道、鼻翼、鼻前庭、乳輪、臍囲、外陰部にある汗腺で、哺乳類の芳香腺が退化したものとされ、思春期以降に発達する汗腺です。

 

これら2つの汗腺による分泌物が、いわゆる「汗」です。

 

そしてこれらの汗腺から汗がでる要因には以下の3つがあります。

 

1 温熱性発汗・・・暑いときや運動時に体温を下げるための汗

2 精神性発汗・・・ストレスや緊張時に手のひらや足の裏など局所的にかく汗

3 味覚性発汗・・・味覚の刺激によってかく汗

 

通常これらの要因でかく汗は正常ですが、必要以上にかく場合を「多汗症」といいます。

 

多汗症とは

多汗症は西洋医学的にはいくつかのタイプに分けられますが、主に問題になるのが 「原発性局所多汗症」 といわれるもので、頭や顔、手足、腋に左右対称性の過剰な発汗がみられます。

特に手のひらにみられるものを「手掌(しゅしょう)多汗症」、手と足にみられるものを「掌蹠(しょうせき)多汗症」といいます。

もともと手や足には汗腺(エクリン腺)は1cm2あたり700個あり、汗のかきやすい場所です。

手足以外には「額」もよく汗を書く場所ですが、額でも200個に満たない程度です。

多汗症の人はこの汗腺の数が多いと思われがちですが、汗腺の数は多汗症ではない人と差はありません。

最近では家族歴のある多汗症の報告もあることから、一部は遺伝的な要素が関連しているのではないかと考えられています。

 

A 手のひらの汗腺 B 前腕の汗腺(黒い点が汗腺)

MACHADO-MOREIRA, C. A. The regional distribution of human sudomotor function and its neuropharmacological control. Doctoral thesis in University of Wollongong. 2011」より引用

 

多汗症の診断基準

多汗症の西洋医学的な診断基準としては 局所的に過剰な発汗が明らかな原因がないまま6ヶ月以上認められ、以下の6症状のうち2項目以上あてはまる場合「多汗症」と診断しています。

 

1)最初に症状がでるのが 25 歳以下

2)対称性に発汗がみられる

3)睡眠中は発汗が止まっている

4)1 週間に 1 回以上多汗のエピソードがある

5)家族歴がみられる

6)それらによって日常生活に支障をきたす

 

日常生活を送っていると、多汗症と言えないまでも、体調不良や、ストレス・緊張により汗が多く出ることはありますが、多汗症で悩まれている方の汗は、汗が「滴り落ちる」ように出て止まらず、

 

・物を持つ時に滑って落としてしまう・パソコン、携帯などの電子機器が壊れる

・ノートや試験用紙が汗で破れてしまう

・握手ができない

 

など、QOL(生活の質)が低下します。

 

また汗を適切に処理しないと、皮膚の常在細菌の影響でにおいが発生します。とくにアポクリン汗腺から分泌された汗はタンパク質や脂質を多く含むため、臭気をおびるようになります。

 

多汗症の西洋医学的な治療法はいくつかあります。治療は日本皮膚科学会の「原発性局所多汗症診療ガイドライン2015年改訂版」によると

 

・塩化アルミニウムの外用液の塗布

・A 型ボツリヌス毒素(BT-A:botulinum toxin type A)の局所注射

・神経ブロックレーザー療法イオントフォレーシス(電気治療)

 

などがあります。

 

多汗症に悩まれている方はまずは皮膚科を受診し、相談することをおすすめします。

 

もしそれでも改善しない、注射などの治療をしないでなんとかしたいという方は東洋医学でも多汗症の治療を行うことができます。もちろん西洋医学の治療と組み合わせて行うこともできます。

 

中医学的にみた「多汗症」

多汗症は中医学では「汗証」といわれ異常な発汗の病証のことをいいます。

 

汗のかきかたや、汗の性状などで汗証(多汗症)のタイプを分けます。

自汗(じかん):日中よく汗をかいて、動くと悪化する。

盗汗(とうかん):睡眠中に汗をかくが、目覚めると汗が止まる。

脱汗(だっかん):大量の玉のような汗や脂汗が出て止まらない。手足が冷えて、呼吸も弱くなる。

戦汗(せんかん):急性の熱性疾患で、突然悪寒戦慄して全身に汗をかく。

黄汗(おうかん):服が黄色く染まる汗をかく。

 

東洋医学で「汗」は津液(しんえき)が変化したものと考えています。津液とは、体内で生命を維持するために必要な体液を指します。(「気」「血」「水」のうち「水」のことです。) 汗の調節は衛気(えき)という、体の中にいくつかある「気」の1つが担当し、「腠理(そうり)」という肌などにある「隙間」の開け閉めを行い、汗の調節をします。

 

この「衛気」は体表を覆って、体の外からの侵入しようとする邪気を防いだり、体温を調節する働きもあります。

 

衛気は体の機能を担う重要な五臓(ごぞう:「肝・心・脾・肺・腎」の5つの臓)のうちの「肺」によって全身に拡散され、「肝」の働きでその道筋を調節されます。そのためこの衛気が不足したり、五蔵による衛気の調節がうまくいかない場合、発汗の異常が見られます。

 

また、汗のもとになる「津液」は「血」と源が同じであり、「血」をコントロールするのが「心」であるため、「汗は心の液」といわれ、「心」の異常は「汗」の異常の原因にもなります。

 

これらに異常が見られると多汗になります。

 

中医学的にみた病機、症状、治療法

具体的な病機(病気の成り立ち)、症状、治療法としては以下のようなものがあります。

 

● 肺の機能の低下(肺衛不固:はいえふこ)

体がもともと弱い、病気の後で体力が低下している、咳や喘息などが長く続いている場合などは肺の機能が低下することで衛気が不足して、汗をコントロールすることができないため、多汗になります。 「もともと汗っかきで、ちょっと体を動かすと汗が出てなかなか止まらない。息切れもしやすく、風邪を引くことも多い。疲れやすく、むくみもあって体が重だるい。顏色も悪く、舌の色や苔は白っぽい。」 このような場合は漢方では「益気固表(えっきこひょう)」作用のある「玉屏風散(ぎょくへいふうさん)」や「防已黄耆湯(ぼういおうぎとう)」を使用します。

 

● 衛気のバランスの低下(営衛不和:えいえふわ)

体内の陰陽バランスが崩れたり、風邪や寒邪などの外邪(環境変化による害)により、衛気が正常に働かなくなるため、汗のコントロールができず多汗になります。 「汗が出て悪風(風にあたると寒気がしたり、風があるところを嫌がる)、体がなんとなく痛く、熱くなったり寒くなったりを繰り返す。汗は体の半分だったり、部分的に出たりする。よく眠れないことがあり、情緒が不安定な時に発汗が悪化する。舌の色や苔は白っぽい。」 このような場合は漢方では「調和営衛(ちょうわえいえ)」作用のある「桂枝湯(けいしとう)」などを使用します。

 

● 心の機能の低下(心血不足:しんけつぶそく)

五臓の「心」は精神活動を担当しているため、考え過ぎなどで「心」が疲労すると「血」が「心」を養えずに多汗になります。 「頭がふらっとすることがあり。物忘れが多くて、精神疲労があり、眠りも浅い。動悸や息切れを感じることがあり、顏色も悪い。睡眠中の発汗が多く、起きているときはひどくない。舌の色は淡く、苔は薄い。」 このような場合は漢方では「補血養心(ほけつようしん)」作用のある「帰脾湯(きひとう)」などを使用します。

 

● 慢性的な体調不良・疲労(陰虚火旺:いんきょかおう)

体調不良や疲労が続いたり、日常生活の不摂生や老化などで、体内の「津液」や「血」、「精」などの「陰」の成分が不足すると、体を冷やすことができずに相対的に「熱」が増えて、その「熱」が体内にこもり多汗になります。 「最近、体臭が気になりはじめた。仕事も忙しく疲れが抜けず痩せてきた。体が熱っぽく、午後から夕方にかけて強く感じる。頬に赤味があり、手や足がほてるため、寝付きも悪い。寝ている時に発汗が悪化する。舌は赤く、苔は少ない。」 このような場合、漢方では「滋陰降火(じいんこうか)」作用のある「当帰六黄湯(とうきりくおうとう)」や「知柏地黄丸(ちばくじおうがん)」などを使用します。

● ストレス等による「気」の滞りや激怒(肝火上炎:かんかじょうえん)イライラが長く続いて鬱々としたものが「熱」に変化したり、激怒により一気に「熱」が上逆し、その熱により多汗になります。 「常にイライラし、怒りっぽい。赤ら顔で目が充血している。めまいや耳鳴り、頭痛がある。口の中が苦くて喉が渇く。眠れない。舌は赤くて、苔は黄色い。」 このような場合、「竜胆瀉肝湯(りゅうたんしゃかんとう)」などを使用します。

 

● 脾胃(消化器系)の不調(胃中湿熱:いちゅうしつねつ)

食生活の不摂生(甘いもの・味の濃いもの・アルコール類の摂取過多)により、「脾胃」が疲労し、水分代謝がうまく行かず「湿熱」が生じて、その「熱」により多汗になります。 「ベタッとした汗を全身、あるいは頭にもよくかいて、体が臭い、口臭もある。トイレに行くと便がベタッとした感じでの匂いも強い。排尿・排便してもあまりスッキリしない。日頃から脂っこい食事や味の濃い食事のことが多く、アルコール類もよく飲む。」 このような場合は、「四妙散(しみょうさん)」や「竹葉石膏湯(ちくようせっこうとう)」などを使用します。

 

多汗の原因は主にこれらの証に分けられますが、実際は重なっていたりすることもあり、複雑です。

処方を選ぶのが難しいのは、典型例や教科書的な症状であることが少ないからです。まずは中医薬大学等で中医学をきちんと学んだ医師、薬剤師に相談するのが症状を改善するための近道です。

 

多汗症は、社会的に生産性のある年代の罹患率が高いといわれ、また悩んでいる人の3人のうち2人は病院を受診できていないという統計があります。 精神的な苦痛を伴うことが多く、ひどい場合は不安神経症、対人恐怖症などに至ることもあり問題としては深刻です。

 

もし、多汗症に悩んでいて相談したことのない方は、ぜひ皮膚科を受診し、必要に応じて漢方治療を併用していただけたらと思います。 

 

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