不安との向き合い方

“Anxiety does not empty tomorrow of its sorrows, but only empties today of its strength.” — Charles Spurgeon

"不安は明日の悲しみを減らすのではなく、今日の力を奪うだけだ。"
── チャールズ・スポルジョン

不安との向き合い方を考える上で役立つフレーズですが、どのように不安と向き合っていったら良いのか、心理学的な視点も交えて考えていきたいと思います。

目次

1. 言葉の背景

チャールズ・スポルジョンは19世紀イギリスの牧師で、「説教王」と呼ばれるくらい、多くの人の心をつかんだ説教家です。

当時のロンドンは産業革命の只中で、貧困、病気、社会不安が多く、人々は「将来への不安」を強く抱えやすい時代でした。

この言葉は、そのような不安定な社会状況のなかで、

  • 「心配しても、明日起きること自体は変えられない」
  • 「けれど、その心配によって今日の自分は確実に弱ってしまう」

というメッセージとして語られたものと考えられます。

宗教的な文脈ではありますが、「不安とどう距離をとるか」という現代にも通じるテーマです。

調べてみると元々は、イギリスのマンチェスターを拠点とするバプテスト派牧師、アレクサンダー・マクラーレンの言葉のようです。1859年に出版された「マンチェスター・ユニオン礼拝堂で説かれた説教集」の「心配事」という演説の中にあるそうです。


2. 心理学的にどう解釈できるか

2-1. 不安は「未来の予習」だけれど、コスパが悪くなりやすい

心理学では、「不安」はもともと「危険に備えるためのシステム」として捉えられます。

  • 何か悪いことが起こるかもしれない
    → それに備えて、行動を変える・準備をする

という点では、「不安」は役に立つ感情です。なくしてはいけないものです。

ただしポイントはここからで、

  • 「現実的な準備」に結びつく不安 → 役に立つ
  • ひたすら同じことを考え続ける不安(反芻) → 「明日」は変わらないのに、「今日」だけ消耗する

という差が出ます。

スポルジョンの言葉は、この「反芻不安」の問題を指摘しています。
明日の出来事の「中身」は変えられないのに、今日の集中力・気力・体力だけが削られていく、という状態ですね。


2-2. 不安は「未来」ではなく「今」の体と心を直撃する

不安を感じているとき、実際には まだ何も起きていない ことが多いのに、体の反応はすでにフル稼働します。

  • 心拍数が上がる
  • 筋肉がこわばる
  • 呼吸が浅く速くなる
  • 集中力が落ちる
  • ミスが増える、イライラしやすくなる

つまり、不安は「未来の出来事」に向けられていても、ダメージを受けているのは 今日の自分 です。

スポルジョンの「today’s strength(今日の力)」は、

  • 考える力(判断力、注意力)
  • 動く力(行動するエネルギー)
  • 心のしなやかさ(レジリエンス)

といったものを含んでいると考えられます。

不安に飲み込まれると、明日と戦うはずのエネルギーを、前日から浪費している状態になります。


2-3. 心配は「問題解決型」か「反芻型」かで意味が変わる

認知行動療法などの心理学では、「心配・不安」を大きく分けて考えることがあります。

  1. 問題解決型の心配
     → 具体的な行動に結びつく
     例:「明日のプレゼンが不安だから、資料を見直そう」「質問を想定しておこう」
  2. 反芻型の心配
     → 行動は変わらず、頭の中だけで堂々巡り
     例:「失敗したらどうしよう」「嫌われたらどうしよう」「うまくいく気がしない」

スポルジョンの言う「anxiety(不安)」は、主にこの「2」の部分に近いと捉えられます。

未来の悲しみを軽くするなら「準備」や「計画」が必要であって、漠然とした不安では解決しない、ということです。


2-4. 「予防」ではなく「自己消耗」になってしまうメカニズム

不安が強くなると、脳は「最悪のシナリオ」に過敏になります。

  • まだ起きていない危険を、何度も何度もシミュレーションする
  • そのたびに身体は「本番」と同じようにストレス反応を起こす
  • その結果、「今日のパフォーマンス」が落ちる
    → 実際の明日も、コンディション不良でうまく対応できなくなることがある

つまり、

不安で今日の力が削られる

そのせいで本番(明日)のパフォーマンスも落ちる

「ほら、やっぱりうまくいかなかった」とさらに不安が強まる

という悪循環に入りやすくなります。

スポルジョンの言葉は、このループを断ち切る「合図」にもなります。


2-5. 「不安をなくせ」ではなく、「不安との付き合い方を変える」

大事なのは、「不安をゼロにしろ」というメッセージではないことです。

  • 不安そのものは、人間に備わった大事な機能
  • けれど、それに引きずられすぎると「今日の力」が奪われる
  • 未来に備えるためにも、今日の自分を消耗させすぎないことが大事

心理学的に言い換えると、

不安をなくそうとするのではなく、
「行動につながる不安」と「消耗させるだけの不安」を見分けよう

という提案に近いです。


3. この言葉を「実際の生活」でどう活かすか

このフレーズを、自分の生活の中で使うとしたら、例えばこんな場面です。

  • 寝る前に明日の不安がぐるぐるして止まらないとき
     →「今考えても明日は変わらない。むしろ 明日に必要な力 を削っている」と一度立ち止まる
  • 「不安だから、とりあえずスマホで検索しまくる」ループに入ったとき
     →「この検索は 準備 か?それとも 消耗 か?」と問い直す
  • 自分を責める方向にばかり思考が傾いたとき
     →「いま大事なのは、自分を責めることより 今日の力 を守ること」と視点を戻す

小さな問いかけとして、

  • 「この不安は、明日をよくする行動につながっている?」
  • 「それとも、今日の力を削っているだけ?」

と一瞬立ち止まるだけでも、思考の流れが少し変わります。

もし、自分一人で変えていくことができない場合、体の反応がつらすぎて思考の流れまで辿りつかない──そんな時は誰かと一緒に進めていくことが役立ちます。

不安に明日が巻き込まれてしまう前に、頼ることも大切です。

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