「味がしない」「ずっと変な味がする」。
味覚障害の原因・メカニズムと漢方・鍼灸によるアプローチ
食べ物の味がわからなくなることは、食事の楽しさだけでなく、栄養状態や生活の質にも深く関わります。
亜鉛欠乏・薬剤性・COVID-19後遺症・特発性など、原因は一つではなく、西洋医学の治療だけでは改善が難しいケースも少なくありません。
タナココでは、中医学的な視点から体全体の状態を整えながら、漢方・鍼灸で回復をサポートします。
最終更新日:2026年5月21日
味覚障害の正しい理解と、中医学的アプローチ
味覚障害とはどのような状態か
味覚障害とは、味の感じ方に何らかの異常が生じた状態を指します。「味がまったくしない」という場合だけでなく、「薄くなった」「変な味がする」「何も食べていないのに口の中に味を感じる」など、その現れ方はさまざまです。
日本では以前から人口の3〜20%が何らかの嗅覚・味覚障害を経験するとされており、COVID-19の流行以降、この問題への注目はさらに高まっています。
1)症状の分類
味覚消失・低下
- 味覚消失(ageusia): 5種の基本味をまったく感じられなくなる
- 味覚低下(hypogeusia): 味は感じるが、以前より明らかに薄く感じる
- 解離性味覚障害: 5種のうち一部だけが感じられなくなる(塩味だけわからない、など)
異常味覚・過敏
- 異味症(dysgeusia): 実際とは異なる味を感じる。甘いものが苦く感じるなど
- 自発性異常味覚(phantogeusia): 何も口にしていないのに苦味や金属味を感じ続ける
- 味覚過敏(hypergeusia): ごく薄い刺激でも強く感じてしまう
2)見過ごされやすい影響
食欲不振・体重減少・栄養バランスの悪化が慢性化するリスクがあります。また、食事の楽しみを失うことによるQOL(生活の質)の低下や、食塩・砂糖の過剰摂取による生活習慣病リスクの増加も報告されています。「味がしない」という状態を長く放置せず、早い段階から原因の確認と対処を進めることが大切です。
味覚の仕組みと発症メカニズム
味覚障害がなぜ起きるのかを理解するために、まず「味を感じる仕組み」から確認しましょう。
1)味蕾と味覚伝達の仕組み
舌の表面には「舌乳頭」と呼ばれる突起が4種類あります(糸状・茸状・有郭・葉状乳頭)。このうち糸状乳頭以外の3種類に、 「味蕾(みらい)」 という味覚受容器が存在します。成人では約9,000個の味蕾が存在するとされ、とくに有郭乳頭に集中しています。
味蕾の中の「味細胞」が食べ物に含まれる化学物質を受け取ると、その信号が舌咽神経・顔面神経・迷走神経を通じて脳の大脳皮質(島皮質・前頭弁蓋部)へと届き、「味」として認識されます。この一連の流れのどこかに障害が起きることで、味覚障害が発生します。
2)障害が起きる主な経路
亜鉛欠乏による味細胞のターンオーバー障害、炎症、薬剤毒性などにより味蕾が正常に機能しなくなる。最も多くみられる原因経路。
手術・外傷・ウイルス感染などにより、顔面神経・舌咽神経などが損傷を受け、信号伝達に障害が生じる。
脳血管障害(脳梗塞・脳出血)や頭部外傷などにより、味覚の処理を担う大脳皮質の機能が低下する。
精神的ストレスや抑うつ状態が自律神経を介して唾液分泌・味覚感受性に影響を与える。唾液の減少だけでも味の感じ方は大きく変わる。
私たちが「味」と感じているものの多くは嗅覚との複合感覚(フレーバー)です。嗅覚が低下するだけで、食事の「美味しさ」が大幅に失われます。
新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)はACE2受容体を介して唾液腺や口腔粘膜上皮に感染し、サイトカインを放出させることで味蕾細胞の正常なターンオーバーを妨げると考えられています。また、嗅覚上皮細胞を支持するsustentacular細胞(支持細胞)が障害されることで嗅覚が失われ、結果として「味がわからない」という感覚につながるケースも報告されています。発症メカニズムの全容は現在も研究中です。
原因の分類
味覚障害の原因は多岐にわたります。正しい治療には原因の特定が不可欠です。代表的な原因を整理します。
| 原因の分類 | 主な例・背景 | 割合・特記事項 |
|---|---|---|
| 亜鉛欠乏 | 偏食・食欲不振・消化吸収障害、鉄剤・降圧剤・抗生物質などの薬剤の影響 | 全体の約20%(最多) |
| 薬剤性 | ACE阻害薬、利尿薬、抗がん剤(化学療法)、抗生物質、抗甲状腺薬など | 薬剤が亜鉛の吸収を妨げたり直接味蕾に影響を与える |
| 感染後(ウイルス性) | コロナウイルス感染症(COVID-19)、インフルエンザ、一般的な風邪 | COVID-19では軽症〜中等症の約50%が嗅覚・味覚障害を経験 |
| 全身疾患 | 糖尿病、慢性腎不全、肝機能障害、鉄欠乏性貧血、甲状腺疾患 | 基礎疾患のコントロールが先決 |
| 口腔疾患 | 舌炎、口腔乾燥症(ドライマウス)、義歯、口腔カンジダ症 | 唾液量の低下は味覚感受性に直接影響する |
| 神経・中枢性 | 脳梗塞・脳出血、頭部外傷、中耳炎・扁桃手術後、頭頸部放射線治療後 | 障害部位によって症状が異なる |
| 加齢 | 味蕾の減少、唾液分泌低下、口腔内環境の悪化 | 高齢になるほど感受性は自然に低下する |
| 心因性・特発性 | 精神的ストレス、うつ状態、原因不明 | 特発性は全体の約20%を占める |
亜鉛欠乏と特発性で合わせて全体の約40%を占めます。しかし実際には複数の要因が重なっているケースが多く、「ひとつの原因を取り除けば解決」とはいかないことが少なくありません。体全体の状態を見る視点が重要になります。
診断と検査
味覚障害の診断は、問診・口腔内診察に加え、以下のような検査を組み合わせて行われます。
| 検査名 | 内容 |
|---|---|
| 血清亜鉛値測定 | 最も基本的な血液検査。60μg/dL未満を「亜鉛欠乏症」、60〜80μg/dLを「潜在性亜鉛欠乏症」と判定(日本臨床栄養学会 2016年基準)。血清アルカリホスファターゼ(ALP)の低値も亜鉛欠乏を示唆する指標となる。 |
| 電解質・全血検査 | 貧血・腎機能・肝機能・甲状腺機能など、全身疾患に伴う味覚障害を除外・確認するために行う。 |
| 濾紙ディスク法(化学的味覚検査) | 甘・塩・酸・苦の4種の味をそれぞれ5段階の濃度で浸した濾紙を舌に当て、感知能力と識別能力を定量的に評価する。全口腔法と局所法がある。 |
| 電気味覚検査 | 舌に微弱な電流を流し、神経レベルの障害を確認する。神経損傷部位の特定に有用。 |
| 嗅覚検査 | 味覚と嗅覚は深く関連するため、嗅覚障害の有無を同時に評価することが多い。 |
味覚検査には年齢・性別による個人差が大きく、現時点では国際的に統一された標準評価ツールが存在しません。複数の検査を組み合わせながら、患者さんの主観的な変化も重視した総合的な評価が求められます。
西洋医学の治療とその限界
西洋医学では、特定できた原因に応じた治療が行われます。
- 亜鉛補充療法: 亜鉛欠乏が確認された場合、亜鉛製剤(ノベルジン錠など)を投与。血清亜鉛値の改善は服用開始から4〜8週程度かかる。即効性はない。
- 原因疾患の治療: 糖尿病・腎疾患など基礎疾患によるものは、それぞれの疾患管理が優先される。薬剤性の場合は原因薬剤の変更・中止を検討。
- 口腔ケア: 口腔乾燥症やカンジダ感染の治療・予防。唾液分泌を促すガムや洗口液の活用なども推奨される。
- 心理・精神的アプローチ: 心因性の場合は抗うつ薬などが使用されることがある。ストレス管理が改善に寄与するケースもある。
亜鉛補充療法は原因が亜鉛欠乏と特定できた場合には有効ですが、 特発性のケースや、COVID-19後遺症・神経性の味覚障害には、標的となる薬剤が現時点では存在しません 。多くは対症療法にとどまります。COVID-19の後遺症として長期間にわたる味覚・嗅覚障害を抱える方が世界で数百万人規模にのぼることが報告されており、補完的・代替的な治療オプションへの関心が世界的に高まっています。
中医学の視点:五味と五臓の関係
中医学では、味覚は単なる感覚機能ではなく、 五臓(肝・心・脾・肺・腎)の状態を反映するもの と考えられています。「五味(酸・苦・甘・辛・鹹)」と五臓は対応関係を持ち、どの味が変化しているか・消えているかが、どの臓腑の機能に問題があるかを推定するための手がかりになります。
1)五味と五臓の対応
2)中医学における味覚障害の病因
中医学の古典「黄帝内経」「東医宝鑑」などでは、味覚は 心・脾・腎の3つの臓腑が連携して支えるもの と考えられています。それぞれの役割は次のとおりです。
- 心(しん)── 舌を司る 中医学では、心は舌と深くつながっており、「心気(心の働きのエネルギー)」が舌へ正しく届くことで正常な味覚が成立すると考えます。心の機能が低下すると、とくに苦みや甘みの感じ方に変化が現れやすくなります。
- 脾・胃(ひ・い)── 口を司り、気血を生む 脾と胃は飲食物を消化して気(エネルギー)と血を生み出す要です。「胃の気(胃の働き)」が損なわれ陽気が不足すると、味覚全体が薄れたり消えたりしやすくなります。食欲不振・疲れやすさとともに味覚が落ちている場合は、このパターンが関わっていることが多いです。
- 腎(じん)── 五臓の潤いの源 腎は体の根本的な潤い(陰精)を蓄え、五臓全体に滋養を届ける臓腑です。腎の陰が不足すると、体に虚熱が生じて上のほうに上りやすくなります。その結果、何も食べていないのに苦みや金属味を感じる「自発性異常味覚」が起きやすくなります。加齢とともに味覚が変化しやすいのも、腎精(じんせい)が自然に減少することと関連しています。
これら3つの臓腑は互いに影響し合っており、 味覚障害は心—脾—腎の軸における不均衡として捉えられます 。
また、中医学ではストレスや感情の乱れ(七情)が気の流れを乱し、最終的に口腔・消化機能に影響を与えると考えます。精神的な疲弊が長く続いている方に味覚障害が生じやすいのは、この「気滞(気の流れの停滞)」や「心脾両虚(心と脾の両方が弱っている状態)」などのパターンと関連しています。
中医学で大切なのは「何が欠けているか」だけでなく、「なぜ欠けているか」という体質・体調の全体像です。同じ「味がしない」という症状でも、その人の体力・消化機能・ストレス状態・季節・生活習慣によって、処方する漢方や鍼灸の方針は変わります。
漢方によるアプローチ
漢方治療では「証(しょう)」と呼ばれるその人の体質・病状のパターンに合わせた処方を行います。「味覚障害に○○湯を飲めば治る」という単純なものではなく、同じ症状でも人によって処方が異なるのが漢方の特徴です。
Yiら(2026年, Journal of Acupuncture Research)によるシステマティックレビューでは、9件の臨床研究を分析した結果、味覚障害に対して漢方は単独または鍼灸との組み合わせで改善をもたらすことが報告されています。
疲れやすい、食欲不振、軟便、気力低下とともに味覚が低下するパターン。脾気を補い消化吸収機能を立て直す。 六君子湯・補中益気湯 系の処方を基本に考えます。
口臭、口の苦み・乾き、胃部の不快感、自発性異常味覚。熱を冷まし湿を除くアプローチ。 黄連解毒湯 系の処方を基本に考えます。
加齢による変化、のぼせ・ほてり・口の乾燥を伴うパターン。腎の陰を補い五臓全体の滋養を高める。 六味丸 系の処方を基本に考えます。
ストレスや感情の乱れが強く、症状が波のように変化するパターン。気の流れを整え、肝の疏泄機能を回復するアプローチを行います。 四逆散 系の処方を基本に考えます。
貧血傾向、めまい、動悸、不眠とともに味覚が変化するパターン。気血を同時に補う。 帰脾湯 系の処方を基本に考えます。
中国・中医薬大学で中医学を学んだ薬剤師が、一人ひとりの状態を丁寧に確認しながら処方を組み立てます。エキス剤(粉薬)に加え、煎じ薬での対応も可能です。西洋医学の治療と並行して行うことができます。
鍼灸によるアプローチ
鍼灸治療は、末梢神経を刺激することで中枢神経系に作用し、さまざまな生体反応を引き出します。味覚障害に対しても、複数の臨床報告および研究プロトコルで効果が確認・検討されています。
1)研究エビデンスの概観
Yiら(2026年, J Acupunct Res)によるシステマティックレビューでは、9件の臨床研究を分析し、すべての事例研究(6件)で鍼灸治療後に味覚機能の部分的または完全な改善が確認された。よく使用されたツボは太衝、足三里、合谷、三陰交で、血液循環促進・抗炎症・神経再生促進への寄与が示唆されている。
Kang・Shao(2023年, 中国)によるランダム化比較試験(60名)では、顔面神経麻痺に伴う味覚障害患者において、眼鍼と体鍼の組み合わせが甘味・塩味・酸味のスコアをいずれも有意に改善し、高い臨床的有効率を示した。
Sousaら(2026年, Integrative and Complementary Therapies)によるケースシリーズでは、COVID-19後遺症の味覚・嗅覚障害患者5名に対し、大脳皮質の味覚野を頭皮から刺激する「PS Area」への頭鍼を用い、全例で有意な改善を確認(VASスコア0→7〜10)。1回の施術で嗅覚回復が得られた症例も含まれた。
山﨑(明治国際医療大学, 2021年度)による予備的研究では、百会・印堂への頭部電気鍼刺激が味覚スコアに影響を与える可能性を示した。酸味・苦味スコアに改善傾向が認められた。
2)鍼灸が機能する可能性のある経路
局所の血流改善
- 舌や口の周りの血液の流れが良くなることで、味を感じるセンサー(味蕾)や神経に必要な栄養が届きやすくなります。
抗炎症作用
- 足三里(ST36)などのツボを刺激すると、体の中で鎮痛・抗炎症物質が分泌されます。これにより、ウイルス感染などで起きた神経の炎症を和らげる働きが期待できます。
神経の「再起動」を促す
- 頭皮への鍼(頭鍼)は大脳皮質に直接働きかけ、ダメージを受けた神経回路の修復・再構築をサポートする可能性があります。脳には「使われた回路を強化し、新しいつながりを作る力」が備わっており、鍼はその力を引き出す刺激になり得ます。
自律神経・唾液腺への作用
- 鍼は自律神経のバランスを整え、唾液の分泌を正常に近づけます。唾液の量や質は味の感じ方に大きく関わっており、口が乾いた状態では味覚は本来の力を発揮できません。
鍼灸の味覚障害への効果については、まだ大規模なランダム化比較試験が十分ではなく、現時点では「補完的治療」として位置づけられています。しかし「エビデンスが少ない」というのは、「効かない」という意味ではなく、「これから解明が進む余地がある」ということでもあります。西洋医学で「様子を見ましょう」と言われた後も長期間改善しないケースや、原因が特定されないケースにとって、鍼灸は有力な選択肢の一つとなっています。
治療にあたって知っておきたいこと
まず受診すべき科
味覚障害を感じたら、まず 耳鼻咽喉科 を受診されることをお勧めします。血液検査・味覚検査を通じて原因を特定してもらい、亜鉛欠乏・薬剤性・全身疾患などへの対処が必要かどうかを確認することが大切です。
漢方・鍼灸との併用について
漢方・鍼灸は、西洋医学の治療と並行して行うことができます。とくに以下のような状況にある方に、相談の選択肢として考えていただければと思います。
- 亜鉛補充療法を一定期間続けても改善が見られない
- コロナ後遺症として味覚・嗅覚の異常が長く続いている
- 原因不明(特発性)と診断されたが、改善の見込みがわからない
- 放射線治療・化学療法後の味覚障害が続いている
- ストレスや疲労が重なっており、体全体の調子が悪い
改善までの期間について
漢方・鍼灸は即効性を期待するものではありません。根本にあるバランスの乱れを整えながら、少しずつ身体の回復力を高めていくアプローチです。目安として、 3ヶ月程度を一区切り として経過をみながら処方を調整していきます。継続が大切ですが、無理なく続けられる形を一緒に考えます。
