妊娠すると変わるもの──「母親になる過程」で起きる脳の変化

目次

🌿 妊娠は、脳にも大きな変化をもたらす

妊娠すると、体は赤ちゃんを育てるために大きく変わります。

ホルモンの分泌が変わり、血液量が増え、味覚が変わることもあります。眠りが浅くなったり、気分が揺らいだり、お腹が大きくなるにつれて、これまでとは違う感覚も増えていきます。

変わるのは、外から見える部分だけではありません。

脳も変わります。

今回紹介する研究は、妊娠前から出産後まで同じ女性の脳を追い、妊娠によってどのような変化が起きるのかを調べた研究です。

中医学では、妊娠と出産を、気や血を大きく使いながら、体が新しい役割へ移っていく時期と捉えます。

ただし、妊娠による変化は、単なる消耗ではありません。今回の研究からは、脳も赤ちゃんを育てる生活に向けて、必要な働きに合わせて変化している可能性が見えてきました。

では、どのように調べ、何がわかったのでしょうか。


目次

  1. 🌿 妊娠は、脳にも大きな変化をもたらす
  2. 🧪 どんな研究?
  3. 📊 どんな結果?
  4. 🌱 中医学の視点では?
  5. 🌸 体は準備していた

🧪 どんな研究?

この研究に参加したのは、これまで出産経験がない女性たちです。

研究者は、まず全員の脳をMRIで撮影しました。

その後、実際に妊娠して出産した女性と、同じ期間に妊娠しなかった女性にもう一度MRIを行い「妊娠」が脳にどのような変化が起きたのかを比べました。

初めて父親になった男性と、子どもをもたなかった男性も比較しています。

親になると、生活や環境は大きく変わります。そこで、脳の変化が親になる準備や生活の変化によるものなのか、それとも妊娠そのものに伴う変化なのかを見分けようとしたのです。

妊娠した女性の中には、自然妊娠の人も、不妊治療を経て妊娠した人もいました。妊娠に至った方法によって、脳の変化に違いがあるかどうかも調べています。

出産後には、自分の赤ちゃんと、ほかの赤ちゃんの写真を見たときの脳の反応も確認しました。赤ちゃんへの愛着や、赤ちゃんとの関わりの中で感じる気持ちについても調べています。

この研究は、妊娠の前後で脳のどこが変わったのかを見るだけではなく、その変化が、赤ちゃんへの反応や母子の関わりと、どのようにつながっているのか。そこまで調べた研究です。


📊 どんな結果?

研究で明らかになったのは、妊娠した女性の脳の特定の場所で「灰白質」という組織の体積が減っていたことです。

しかも、その変化はかなりはっきりしていて、脳の変化のパターンだけで、妊娠を経験した女性と、妊娠しなかった女性を全員正しく見分けられたほど。

変化が集中していたのは、相手の表情や行動から気持ちを読み取り「いま何を求めているのか」を考えるときに働く領域でした。

赤ちゃんは、お腹がすいた、眠い、不安だと、言葉では伝えられません。表情や泣き方、小さな動きから、その状態を受け取る必要があります。今回変化したのは、まさにそうした働きに関わる部分でした。

脳の体積が減ったと聞くと、脳の衰えのように感じるかもしれません。しかし体積が減ることが、必ずしも脳の機能低下を意味するわけではありません。

実際、この研究では、記憶力を調べる検査で明らかな低下は見られませんでした。

思春期の脳でも、必要なつながりを残しながら回路を整える過程で、灰白質の体積が減ることがあります。妊娠中の脳にも、赤ちゃんに向き合うために、これと似た調整が起きている可能性があります。

この考えを支える結果もありました。

変化した場所は、出産後に自分の赤ちゃんの写真を見たとき、強く反応した場所と重なっていました。脳の変化は、赤ちゃんへの愛着の質や、赤ちゃんに対するいら立ちや拒否的な気持ちの少なさとも関連していました。

これらの結果は、脳が「母になること」に向けて、前もって準備を整えていた可能性を示しています。

こうした変化の多くは、出産から約2年後にも残っていました。

妊娠中、体が赤ちゃんを育てる準備を進めているとき、脳もまた、赤ちゃんを迎えるために変わっていたのです。


🌱 中医学の視点では?

中医学では、妊娠・出産はただ「体力を消耗する時期」とは考えません。

妊娠すると、母体の気血や精は、赤ちゃんを育てるために使われるようになります。衝任(しょうにん)や胞宮(ほうぐう)が妊娠を支え、腎に蓄えられた精は、生殖だけでなく、髄を生み、脳を養うものとも考えられてきました。

一方、「心」は意識や感情、周囲への反応を担う「神」と深く関わります。中医学では胞宮も心や腎と切り離して考えないため、妊娠とはお腹の中だけの変化ではなく、体も心も含めて、赤ちゃんを育てる方向へ働き方が変わっていく時期と捉えられます。

つまり妊娠は、お腹の中だけで起きる出来事ではなく、体も心も含めて、赤ちゃんを育てる方向へ大きく働き方が変わる時期と捉えます。

気血や精が胎児を養う方向へ使われていくのと同じように、「神」の働きも少しずつ赤ちゃんへ向きやすくなる。今回の研究結果は、そんな捉え方とも重なります。

そして出産後は、気血を大きく使った「虚」と、血の巡りがまだ整わない「瘀(お)」が重なりやすい、「多虚多瘀(たきょたお)」の時期に入ります。

赤ちゃんを育てるための変化が進んでいる一方で、それを支える母体はまだ回復の途中にあります。

だから産後は、よく休み、食べ、周囲の力も借りながら、使った気血を少しずつ補っていくことが大切です。

妊娠と出産は、ただ消耗するだけの時間ではありません。

新しい命を育てるために、心と体の働きそのものが変わっていく。その大きな変化を支え、ゆっくり整えていくことも、中医学でいう「養生」の大切な役割です。


🌸 体は準備していた

妊娠すると、体は赤ちゃんを育てるために大きく変わります。今回の研究が示したのは、その変化が「脳」にも起きているということでした。

母親になるための準備は、赤ちゃんが生まれてから始まるわけではありません。

お腹の中で赤ちゃんを育てているあいだに、脳もすでに、新しい命を迎える方向へ変化していました。しかも、その変化は、出産から約2年後にも残っていました。

赤ちゃんが育っているその時間に、母親の側にも「育てるための準備」が始まっています。

お腹が大きくなる。血液量が増える。ホルモンが大きく変わる。そうした目に見えやすい変化の奥で、脳まで新しい役割に向かって動いていたのです。

妊娠と出産がもたらすのは、負担や消耗だけではありません。

赤ちゃんの小さな変化に気づき、受け取り、育てていくための力も、その時間の中で少しずつ準備され、赤ちゃんが生まれる前から、母親になる変化はもう始まっていました。

体は、こちらが気づくよりずっと早く、新しい命を迎える準備を進めていたのです。

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