💭 「考えてはいけない」と思うほど、頭から離れなくなるのは本当?
不安な未来のことを考え始めると、なかなか止まらなくなることがあります。仕事の失敗、大切な人の病気、起きるかどうかもわからない最悪のシナリオ。それがいつの間にか頭の中に広がって、何をしていても追いかけてくる感覚は、多くの人に身に覚えがあるものだと思います。
そういうとき、「考えないようにしよう」と自分に言い聞かせることがあります。
でも、それがなかなかうまくいかない。
むしろ余計に意識してしまうことの方が多いかもしれません。これは多くの人が経験していることで、心理学の世界ではずっと「思考を抑えようとすると、かえって逆効果になる」と言われてきました。
フロイトが「抑圧した感情は無意識に沈み、やがて症状として現れる」と唱えて以来、約100年にわたって、臨床の現場でも「嫌な考えを追い払おうとしてはいけない」という方針が主流です。
マインドフルネスも受容ベースのアプローチも、基本的には「感情や思考を否定せず、あるがままに受け入れる」ことを土台にしています。
ところが、ケンブリッジ大学の神経科学チームが2023年に発表したある研究が、その前提を正面から問い直しました。
中医学の世界でも、思考と感情の制御は古くから論じられてきました。
「思う・考える」を司る「脾(ひ)」が過剰に働くと気の流れが詰まり、心身が消耗すると考えられています。だからこそ、心を意図的に方向づける力が健康に深く関わる──そんな視点を、中医学は長い時間をかけて積み上げてきました。
思考の抑制が心に悪いという100年越しの前提に、神経科学者たちが実験で向き合いました。
そして研究チームは世界16か国から120人の参加者を集め、ある3日間の訓練を始めたのです。
🧪 どんな研究?
コロナ禍で将来不安が広がっていた時期に、世界16カ国・120人の成人を対象に行われたオンライン研究です。
参加者はまず、「起きたら嫌だと感じる出来事」を20個書き出し、それぞれに思い出すためのキーワードを設定。
比較用に、「感情の動かない日常の予定」も同数用意し、同様にキーワードを設定しました。
その後3日間、オンラインでトレーニングを実施しました。画面にキーワードが表示されるたびに、次のように対応します。
- 緑:その続きを自由に「考える」
- 赤:内容を理解したら、それ以上は考えず「止める」
ポイントは、気をそらすのではなく、思考の続きをあえて「考えない」こと。
これを繰り返し練習します。
さらに、参加者を2つのグループに分けて比較しました。
- 嫌な出来事を「止める」グループ
- 感情の動かない予定を「止める」グループ
トレーニング前後と3ヶ月後に、抑うつ・不安・心配・ウェルビーイングなどを測定しています。
もし「嫌な出来事を『止める』グループ」のみが改善すれば、嫌なことを「考えないようにする」こと自体に効果があるといえます。
「考えないようにするのは逆効果」とされてきた常識を、実験的に検証した研究です。
📊 どんな結果?
トレーニング後、いくつかの明確な変化が見られました。
まず、よく言われる「考えないようにすると逆に強くなる」という現象は、ほとんど起きませんでした。
嫌な記憶が強まった人はごく少数で、その頻度も通常の出来事と変わりません。
「本当に嫌な出来事」を手放す練習をしたグループでは、
- 不安なイメージが浮かぶ回数が減る
- 浮かんでも引きずられにくくなる
- 気持ちに余白が生まれる
といった変化が確認されました。
これらは、抑うつ・不安・心配などの指標でも改善として表れ、効果が出たのはこのグループのみでした。
さらに、効果は3ヶ月後も持続。特に、不安を感じやすい人ほど改善が長く続く傾向が見られました。
また、
- 82%が日常でもこの方法を継続
- 87%が「役に立った」と回答
と、実用性も示されています。
この研究が教えてくれるのは、私たちの脳は「嫌な思考を手放す力」を、練習によって育てられるということ。
長年「抑え込むのはよくない」と言われてきましたが、適切な手放し方は、心を護る優しい技術になり得る──そんな希望を確かなデータで示してくれました。
🌱 中医学の視点では?
中医学には「思えばすなわち気は結ぶ」という有名な一節があります。「思う・考える」という働きは「脾(ひ:消化機能を司り、思考や集中力とも深く関わるとされる臓腑)」が司っていますが、同じことをグルグル考え続ける(反芻する)と、気(エネルギー)の流れがそこで詰まり、心身ともに消耗してしまいます。
この視点から見ると、論文が示した「思考のループを意図的に断ち切る」というスキルは、気の停滞(気結)と無駄な消耗を防ぎ、脾と心のエネルギーを温存するための方法と言えます。
また、中医学では心(しん)は「神(しん:精神)」を宿す大切な君主(王様)と考え、その周りを囲んで守る 「心包(しんぽう)」 という城壁の存在を重視します。
嫌な思考や不安が心に侵入しようとするとき、あえてその扉を閉ざし、心神が直接揺さぶられないようにする。この研究で行われた「思考の抑制」は、まさに心包のバリア機能を意識的に強め、心神の平穏を守る行為と捉えられます。
「考えないようにする」ことは、感情を無理に押し殺すことではありません。それは、大切な「心神」を守り、「気」の巡りを守るための、優しくて賢い「心の守り方」なのかもしれません。
✨ 「考えない」は、自分を守る優しさ
長年私たちは、「嫌なことから目を背けてはいけない」「しっかり向き合わなきゃ」と教えられてきました。だから、不安な考えを追い払おうとする自分に、どこか罪悪感を感じてしまうこともあります。
嫌な予感や不安が頭をもたげたとき、「今はこれ以上考えない」と決めて、静かに横へ置く──今回の研究が教えてくれたのは、私たちにはそうやって自分自身を穏やかに保つ力が、本来ちゃんと備わっているということです。
最初は少し難しく感じるかもしれませんが、小さな「考えない」練習を繰り返すことで、心の中の風通しは少しずつよくなっていきます。
先のことが見えづらく、落ち着かない日があっても。自分をすり減らす思考を上手に手放し、今ここにある時間へ意識を戻していく。そんな日常のささやかな実践が、私たちの心を守る確かな力になっていくはずです。
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